第15話

車から飛び出したシエラはクラウディアへ視線を送り、彼女は首肯した。通じ合う程の仲では無いが、この状況で言いたいことくらいは分かるだろう。

「アデナウアー……大尉。ここから狙い撃つから、このまま車を走らせてもらえないだろうか」

 クラウディアの声を置き去りにして、風のように疾走した。あっという間に車は後方へ。

しかし、目標のトラックまでは全力で走っても1分はかかる。それまでにトラックが破壊されたり、警護者が死亡したりする可能性は有った。

何よりも、鳥型のヴェズルフェルニルは二級丙種。巨大なベルグリシは二級甲種だ。トラックなど紙切れのように粉砕する膂力を持っている。

だが、安心は出来ない。警護者がヴェズルフェルニルから少しでもトラックを護りきれなければ、そこで全ては終わる。それを警戒して、警護者も護りに徹しているようだ。どんな方法かは分からないが、急降下したヴェズルフェルニルは、ある一定の範囲で弾かれたように軌道を変えている。

そして、ベルグルシ。あの巨大人型魔獣も、瞬間最大速度はトラックを凌駕する筈だ。そうやって近づいた上での膂力に任せた大剣を、あの護衛者に防ぎきれるかどうか。あるいは数メートル離れた場所であっても、大剣を地面に叩きつけられれば、トラックは横転してしまうかもしれない。

救援を考慮しないならば楽な仕事だ。戦って勝つ。思考の入り込む余地が無い。だが、今回はそうでは無い。疾走しながら、シエラは思考した。如何にして魔獣を制圧するべきか。トラックを護り、警護者を援護する。この距離からそれを成すにはどうすれば良いか。

(まあ、そんな都合の良い方法は無いわよね)

 何しろ距離が距離だ。シエラの間合いに比すれば遥かに遠い。

人の歴史上、戦闘のために編み出された氣功を外氣功と呼ぶ。世界には様々な種類の氣功があり、シエラが知らないそれも有る。

その外氣功のうち、シエラが主に使用する技術は重氣功と軽氣功の2種類。

単純に言うなれば、

攻撃を重くし、威力を持たせるための重氣功。

高速度、高機動を実現するための軽氣功。

他にも様々な氣功を習得しているが、シエラが得意としているのはこの2種類だった。

そして、この2種類は遠距離攻撃に向いていない。主に近接格闘に向いた氣功だった。

ともあれ、遠距離攻撃の方法は有る。

放つ氣功、散氣功。氣を放ち、遠くの場所へ干渉出来る。だが、それにしても限度が有る。氣は基本的に、使用者から離れる程に減衰する。その減衰は訓練次第で軽減できるし――散氣功に高い才能が有れば、氣を砲のように打ち出して数キロ先まで攻撃する事も可能だ。だが、そこまでの才能となると極めて稀となる。シエラには無かった。

 シエラに出来るのは――。

「ふぅぅ…………」

 息を吐き出しながら、抜剣した。速度を落とさずにその場で勢いよく回転する。シエラを中心にして、凄まじい風圧が発生する。

大きく振りかぶった剣を回転の勢いに乗せて、投擲するかのように横薙ぎした。

氣功を修めた者ならば、飛翔する巨大な三日月を見ただろう。散氣功による飛ぶ斬撃。国によって違いは有れど、これは概して弧月閃と呼ばれた。少なくとも、師匠からはそう教わった。

弧月閃は音速に近い速度で、上空を旋回するヴェズルフェルニルへと猛進した。だが、それだけだ。届きはしない。弧月閃は魔獣の遥か手前で霧散し、最終的に突風へと変わった。煽られこそしたが、魔獣はビクともしない。

疾走しつつ結果を確認したシエラに焦りは無い。効果は及ばない。承知の上だ。それでも敢行したのは、トラックを護る警護者にこちらの存在を知らせるためだ。霧散した弧月閃と言えど、氣功を修めた者ならばその正体に気がついただろう。ちらりとこちらを向いたように見えた。

「ん…………?」

その時、上空を高速で通り過ぎた何かに気がついた。小さく、細長く、高速。それは矢だ。弾丸よりは遅いが、失速せず、むしろ加速しているようにすら見える。

 矢は一直線に突き進み、ヴェズルフェルニルの羽を貫通した。鳴き声は聞こえなかったが、恐らく上げたのだろう。そして、魔獣の動きは明確に鈍った。

「流石。牽制はクラウディアに任せようかしら」

あの距離から動く敵を射抜く。恐るべき狙撃力と言えた。飛距離もだ。氣導術による様々な補助が有るのだろう。エルフの得意分野とはこのようなものだ。

牽制はベルグルシへも行われた。高速の矢が魔獣の頭、肩、足へと立て続けに直撃するが、それはあっさりと弾かれてしまった。この距離では攻撃力が足りないのかもしれない。それを理解すると、狙いは魔獣の足元へと変わった。突き刺さった矢は地面を穿つ。足をすくうような事は無かったが、走りづらそうに見えた。

「お陰で、間に合いそうね」

シエラは移動に専念した。前のめりになり、全力疾走。地面は爆ぜ、空気は重みを増した。景色は高速で流れ、相対的に目標はそれ以上の速度で近付いてくる。

トラックとの距離は数十メートルを切った。ベルグリシの重い足音が地面を伝わってくる。

こちらの接近に気づいたのだろう。トラック上の護衛者が一瞬だけこちらへ眼を向けた。二匹のヴェズルフェルニルが、急降下の対象をこちらへと変えた。その速度は、遠目で見るよりも遥かに速い。相対的にこちらも近づいているのだから尚更だ。猛禽類の急降下速度は時速300kmを超える事すらある。魔獣ならばそれを凌駕して当然だ。

だが、シエラは反応していた。

ヴェズルフェルニルの予測軌道線を読み切り、左手で剣のみを軌道上に置いて身を逸らした。剣に重みを感じた瞬間に、一気に振り抜く。

頭頂部付近から後ろ足まで両断され、高速で血と内蔵を振りまいた。

二匹目は一匹目の背後、やや上方を飛行していた。一匹目の血と内蔵を浴びて錐揉み上に回転し、地面へと墜落した。死んだだろう。あるいは生きていたとして、最早飛べる筈もない。

直線の動きでは、どれだけ速かろうとも予測は可能だ。これくらいの相手ならば予測せずとも対応は可能だが、出来るならば足を止める事なく対処したかった。

その時、最も前を走っていたベルグリシが、その速度を増した。それまではバタバタと前傾姿勢で姿勢で闇雲に走っていただけだったが、やや身体を逸らした。アスリートのようにも見える。ともあれ、恐れた事態が起こった。一気に近づいて、剣を叩きつけるつもりだ。

だが、最早シエラの間合いだ。

シエラは再び弧月閃を放った。それは吸い込まれるように、振り上げられたベルグリシの大剣を半ばで通り抜け、その先で霧散した。

大剣の半分は宙を舞い、後方を走っていた一体のベルグリシを横転させた。もう一体はたたらを踏んだが、追いすがる。

大剣を失ったベルグリシは、それに気がつかずに腕を振り下ろす。振り下ろした所で異変に気がつき、暴風のような唸り声を上げた。痛覚は無いようだが、大剣は身体の一部から生み出されたものだ。

シエラは跳んだ。

 動きの止まったベルグリシの肩へと跳び移り、勢いそのまま、弾き飛ばすように巨木のような首を切り落とした。重い手応えと同時に、大量の血液が噴出する。それを浴びる前に、シエラは再度跳んだ。

着地したのはトラックの上。

「無事かしら」

 護衛者に声を掛ける。

「助かります」

 返答の声は意外に若かった。まだ少女と呼んで差し支えない顔立ちだ。年齢は10代半ばくらいだろうか。シュヴァーベン人では無い。顔立ちから推測するに、中央大陸最東部方面出身か、あるいは更に東に在る島国、倭国の出身か。服装と武器から考えて後者だろう。彼女が手に持っているのは倭刀と呼ばれる刀剣だ。

艶やかな黒髪のボブカット。懸衣が特徴的な和装――これは着物とも呼ばれる。詳しいわけでは無いが、知識の上では知っていた。写真でも見たことがある。妙な服装だと思っていたが、実物を見ると殊更に悪くはない。携えた倭刀と合わさって、妙な魅力を感じた。

 ベルグリシ2頭の雄叫びが聞こえた。速度を上げて猛然と追ってはきているが、半ばほど距離を詰めた所で失速した。あの速度は数秒しか維持できないようだ。もう一度あの速度を出されれば追いつかれるだろうが、短い間隔で取れる手段ではあるまい。

ヴェズルフェルニルは状況の変化に戸惑っているようで、上空の旋回を続けていた。クラウディアの矢を警戒しているのだろう。回避行動のようにも見えた。ここから確認出来る限り、その数は4体。元々は8体だったから、既に半数。最初の1体はクラウディアが落とした。そして、次の2体はシエラが倒した。計算が合わない。シエラがベルグリシを相手取っている間に、クラウディアがもう1体落としたか。

「さて、何でこんな奴らが此処にいるのかしら」

 シエラは独りごちた。だが、少女は質問されたと勘違いしたらしい。

「私にも分かりかねます。幽鬼のようにいきなり現れましたので。偶然近くに居た警邏隊も対応しきれず……」

 妙に丁寧な口調で少女は言った。もっと取り乱しているかと思ったが、落ち着いている。それは有難かった。

魔獣は突然現れた。俄かには信じがたいが、氣功能力者を含む1部隊が成す術なく壊滅したのだ。魔獣の強度から考えて有り得ない話では無いが、警邏隊の性質上それは妙だ。彼らが見慣れない魔獣を発見したならば、速やかに本部へ連絡が行くはずだ。それが出来ないくらいの突発性が有ったと考えて然るべきだろう。

何よりも、あれらの魔獣はシュヴァーベンに生息していない。

「……まあ、真相が何であれ、やるべき事は変わらないか」

 シエラは少女に眼を向けた。

「今まで通り、空を飛んでる魔獣の相手をお願い」

 どのようにそれを成していたかは問わない。恐らく異能力であることは察せられたからだ。

「……構いませんが、貴女は?」

「あのでかいのを片付ける」

「そんな……未知の魔獣相手に、一人では危険です!」

「私にとっては未知じゃない」

 議論している時間は無い。実際、戦い慣れた相手と言えた。

もちろん、先程のようにはいかないだろう。容易に大剣や首を落とせたのは不意を付いたからだ。本来は容易い相手では無い。ベルグリシは二級甲種に分類される魔獣だ。しかし、攻撃の速度、重さ――その点において言えば、大半の一級丙種魔獣を凌駕する。

攻撃以外の動作が鈍重である点と、防御力に劣る点。これを突くが撃退に肝要。先手必勝。しかし、それをさせない攻撃の速度がベルグリシにはあった。

 ではどうするか。

(得てして勝敗は一瞬で決するが、その一瞬のために掛けるべき手間は一瞬ではない、か……)

勝者は戦う前に勝利を模索し、敗者は戦いの最中に勝利を模索する。その観点から言うならば、ベルグリシは容易い相手とも言えた。一級丙種をも凌駕する可能性があるベルグリシがあくまで二級甲種である理由は、知恵において遥かに劣るからだ。だが、既に戦闘は始まっている。取り得る手段は少ない。

シエラは弧月閃を放った。2体のベルグリシの内、より前を走っていた個体に。

それを察知したベルグリシの右腕が一際大きく盛り上がった。大剣を振り下ろして弧月閃に打ち合わせる。

強烈な打ち下ろしに弧月閃は霧散したが、構わない。一瞬だが隙は出来た。

シエラは弧月閃を放つと同時に跳んでいた。

 高速で接近するシエラに気がついたベルグリシは、足を止め、打ち下ろした大剣をはね上げた。

だが、僅かに遅い。大剣をすり抜けて、シエラは一息にベルグリシへと肉薄していた。人間で言えば、ちょうど鳩尾の辺りだ。接近した勢いそのままに、腕を伸ばして胸へグラディウスを突き立てる。

ぶら下がったような格好だが、これで良い。突き立てた剣を支点にして足を振り上げ、同時に剣を引き抜いた。足を振り上げた勢いでベルグリシの眼前へ飛び上がる。大剣での攻撃を諦め、奴は左手でシエラを掴みにかかった。だが、遅い。シエラは剣を一閃し、大きな両眼を切り裂いた。

大口を開き、悲鳴を上げるベルグリシ。それでもシエラを掴まんとする左手は止めない。今にもシエラに届きそうではあったが、焦りは無い。眼を切り裂いた勢いのまま、後方から迫り来る手に向き直っていたからだ。

迫り来る手の、人差し指から薬指までを切り飛ばした。そしてそのまま掌に剣を突き立てる。身体を捩って指の切断面に足を乗せ、剣を抜いた。軽く跳び、ベルグリシの頭頂部へ移る。掌はそのまま、ベルグリシ自身の顔を打った。

ベルグリシの厄介な点は大剣を振るう速度だ。右腕のみに集中したかのような膂力は、相対的に他の部位の動きを鈍くしていた。肉薄さえしてしまえば、軽氣功を駆使したシエラの動きに全く付いてこれない。故に、注意を払うべきは大剣となる。以前戦った時に学んだ対処法の1つは、大剣の存在を忘れない事だった。

 その大剣が――、

「……っと」

シエラに容赦なく襲いかかった。

袈裟斬りの形で振り下ろされたのだ。その攻撃は、シエラがこれまで相手取っていたベルグリシのそれでは無い。後方を走っていたもう1体のものだ。大剣の存在を忘れない――その教訓は相対していない個体に対してのものだ。

 大剣が届くよりも僅かに早く、シエラは頭頂部から離れていた。予測された範疇の攻撃だ。シエラが踏み台にしたベルグリシは、頭部から左の腰元までをバターのように両断された。

 ベルグリシの攻撃には見境が無い。例え味方であろうとも、敵を屠るためには躊躇なく断行される。

そして、それこそがベルグリシの隙を付く最も効果的なタイミングだった。

同士打ちの攻撃が終わるよりも早く、シエラは残ったベルグリシの左肩へと跳び移っていた。

重氣功による一撃を、頭部の真横から無造作に打ち下ろす。

大きな破裂音と共に、頭部が左右へと分かたれた。即死だった。

 走っていた勢いそのままに絶命したため、己が両断した味方の身体を割るように、地面へと倒れ伏す。両断されたベルグリシの右側は下敷きに。左側は巨体に押され、街道脇を3度バウンドした。

地面に着地したシエラは嘆息した。

「久しぶりだったけれど、上手くいったわね」

数が少なかったのは幸いだった。数十体の群れに襲われた時の事を考えれば、遥かに楽な戦いだ。

残った脅威は上空を旋回するヴェズルフェルニル。

いや、もう終わった。

今、まさに、クラウディアによって最後の一匹が射抜かれた。距離が近づいた事で、矢の精度と威力はかなり増しているようだ。射抜いたというよりは、上半身を抉り飛ばしたようにも見える。

状況は終息を迎えたと判断したのだろう。トラックは徐々に速度を落とし、シエラから300メートルほど離れた地点で停車した。

だが。

「…………!」

シエラは不意に、背筋に寒気を覚えた。

同時に、身を捻った。すると、先ほどまでシエラが居た場所に、大剣が振り下ろされた。大剣は地面に深々と突き刺さり、衝撃が地面を破裂させた。大量の砂埃と土砂をまともに喰らいながら、シエラは前進した。

(一体何が……)

そう思いながらも、身体は脅威に対して反応している。地面に突き刺さった大剣を駆け上がる。

視界の両端を、2体の巨大な何かが駆け抜けた。

巨大な何か――ベルグリシだ。シエラを攻撃した大剣もそうだ。3体のベルグリシが突然現れた。まるで瞬間移動だ。

(まずい……!)

トラックは停車してしまっている。事態に気付いてアクセルを踏んでも、加速には時間が掛かるだろう。確実に追いつかれる。

身体が勝手に反応した結果だが、トラックを目指している2体を追わなかったのは、判断ミスだったかもしれない。挟撃の危険を呑み込むべきだったのかも。だが、今更だ。

「くそ、まずはこいつを……!」

 目の前の敵を、確実に倒す。

振り払おうとしたのだろう。駆け上がっていた大剣が上方に揺れる気配を感じた。だが、それが持ち上がる事は無かった。

踏み出した足を大きく持ち上げ、大剣をストンプした。

ベルグリシの手から大剣が落とされた。重氣功を使用したシエラの踏み付けが、ベルグリシの膂力を完全に凌駕した――という訳では無い。単純に、奴の体制が悪いだけだ。

大剣は勢いよく地面にめり込んだが、それに乗っていたシエラの体は微動だにしない。ストンプに併せて振り上げていた剣を振り下ろした。

弧月閃が放たれ、反応する暇も与えず首を撥ね上げる。

絶命を確信し、踵を返した。後ろを向くと同時に、2体を猛追する。

眼前の状況を見て、思考を巡らせる。

手際良く始末したつもりだったが、先行した2体とはかなりの距離が開いている。前傾姿勢で駆けているからだ。トラックは事態に気がついているだろうが、まだ動き出す気配が見えない。どの道、今からでは手遅れだ。

1体は間に合うだろう。だが、その1体を相手取っている内に、もう1体はトラックへ到達してしまう。そうなれば、トラック上の少女はベルグリシを相手に出来るだろうか。ベルグリシは2級甲種に分類される魔獣。並の実力では相手にもならない。

出し惜しみしていた全力を――異能力を使うか。決断を迫られる。近くにはマティアス大尉が居る。あまり能力の詳細を知られたくはない。

そんな事を言っていられない状況ではある。しかし、別の理由で全力を出せない状況である事に気がついた。ここでそれを行えば、トラックや少女にも被害を及ぼしてしまう。

とにかく、1体を始末して、残り1体の攻撃からは耐えてもらうほかない。

その時、クラウディアの矢が放たれた。2体のうち、前を走っていた個体の、左太もも辺りに突き刺さった。貫通こそしなかったが、全体が見えなくなる程に陥没する。痛みを感じているのかいないか、しかし確実に速度は鈍った。更に2、3と矢が放たれ、同じように左の脚部へ突き刺さる。

4つ目の矢が脚部へと命中すると、遂に左足から崩れ落ちた。高速で地面を転げまわる。

駆け抜けざま、シエラは倒れたベルグリシの首を撥ねた。

残り1体。クラウディアのお陰で速やかに1体を始末出来た。間に合うかも知れない。

 ところが、残ったベルグリシが想定外の行動に出た。

トラックに向かって大剣を投擲した。長大な鉄の塊が猛進する。

シエラは困惑した。ベルグリシは獲物を決めると、地の果てまで追いかける習性を持っている。決して諦めない。一度敵対したならば、必ず仕留めなければならない。そうせねば安息の時は訪れない。執念の塊のような魔獣だった。だが、攻撃の要とも言える大剣を投擲する、そこまでの執念を見せられた事は無かった。

大剣の投擲機動を予測すると、トラックは串刺しだ。その後、衝撃はトラックを跡形も残らぬ程に粉砕するだろう。最早どうやっても間に合わない。少女は助かるかもしれないが、トラックの運転手は死ぬ。

先ほどと同じように、クラウディアの矢がベルグリシの脚部に矢を命中させたが、今となってはその意味も薄い。だが、シエラも足を止めてはいない。

「…………!」

大剣がトラックから十数メートルまで近付いたその時。シエラは思わず息を呑んだ。いや、時間的に考えれば、シエラが息を呑むのと、その後に起こった出来事はほぼ同時だったのだろうが。

 まず、爆発的な氣の高まりを感じた。トラックの荷台からだ。

そして、次にそれは起こった。決定的な出来事。

シエラの力及ばず、大剣がトラックを串刺しにしたのでは無い。

光を感じた。それは眼前で無数に瞬く火花だった。

それから、剣を金属に擦りつけたような音。それが幾数、幾数十、もしかしたら幾百も重なって大気を揺るがせた。

それらの光と音は、次の瞬間には全て霧散した。大剣は空中に静止していた。少なくとも、一瞬はそう見えた。それから重力に従って落下し、地面に突き刺さった。

(あの子がやったの……?)

 驚嘆しながらも、シエラは足を止めていない。ベルグリシは尚もトラックを目指していた。

2本目の矢が脚部に的中した時、シエラは跳んだ。

ベルグリシの背中へ、体当りするかのように剣を突き刺す。そして、力任せに剣を上へと振り切る。斬撃は頭頂部まで到達し、ベルグリシの走る挙動に併せ、広背筋の辺りから左右に裂けた。

終わった。

着地したシエラは周囲を警戒しながら、トラックへ急いだ。

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