第12話

「抜けがけはさせない。そいつを最初にぶっとばすのは俺だ」

 体育館の入り口には、春のうららかな陽光を背に受けた百足が立っていた。

 何もかもがイケメンすぎる。間一髪のところで、百足はミカたん(!?)の手を休めてくれたのだ。よく分からない不穏な発言は、聞かなかったことにしよう。

「あなたは、百足デスか?」

 ミカたんはイケメンに臆することなく鼻で笑って言い放つ。

「雑魚に用はないのデス。下がっていなさい」

「雑魚?」

 百足の端正な顔がぴくっと引きつる。

「お前のスパイ・スキルは戦闘用じゃないでしょう。役立たずの群衆をいくら集めてもミカたんを止めることはできないのデス! ゼロはいくつをかけてもゼロなのデス! ミカたんは算数が得意なのデス!」

 まだ数学は教わってないのだろうか。

「ほう……確かめてみるか?」

 さっきからスパイ・スキルとかいう言葉が当たり前のように使われている。僕だけ置いてきぼりだ。勉強の苦手なやつが、手違いで進学校に入ったらこんな気持ちになるだろう。今の僕がまさにそれ。

「えっとぉ〜、百足さん、入学式は二度も受けないって言ってなのに、なんで来たんですかぁ〜?」

 眠子だけが、ほわほわとしたいつもの調子で、百足に尋ねる。

 ああ、彼女だけが僕にとっての癒しだ……。この狂った高校に咲いた、一輪の花。どうかそのままでいてほしい。

「そのつもりだったが、そこの盗聴魔から聞き捨てならないことを知らされてね」

 盗聴魔?

 眠子の顔を見る。眠子は首をかしげて周りを見渡している。かわいい。

 ミカたんの顔を見る。殺気に満ちた顔を百足から離さない。怖い。

 僕らを囲む、特殊部隊風情の大人たちを見る。隊列を崩して私語をしたり、スマホをいじったりしている。仕事しろよ。

 眠子が口を覆って、僕の顔をまじまじと見る。

「ご、誤解だ! 盗聴なんて、そんな人の道に外れた行為は、僕は!」

 慌てて立ち上がった僕の足元から、無機質な女の声がした。

「外道だなんて、ひどいわねえ」

「ひいいい!」

 僕は蛙のように飛び上がった。

「床がしゃべった!」

 百足は、うんざりした顔で、僕に説明する。

「馬鹿なのか? さっき教えたばかりだろう……新入生の中に諜報のスペシャリストがいると」

 そうだ。教室で百足が言っていた。壁に耳あり、障子に……。

「メアリー!」

「姫乃薔薇有栖よ」

 ぴしゃりと声が響く。

「だって、本当に床にいるなんて思わないじゃないか……」

「いいや、姫乃薔薇自身はそこにはいない。奴はあらゆるところに盗聴機を仕掛け、同時にマイクロフォンをセットしていく。俺が姫乃薔薇から体育館の騒ぎを知らされたのも、教室に仕掛けられたマイクロフォンを通じてだ」

 暇なのか? いや、それすらもスパイ・スキルの為せる技だと言うのだろうか……。

「どうでもいいのデス!」

 ミカたんが、しびれを切らして、僕に向き直る。

「百足にしろ姫乃薔薇にしろ、実践では役立たずの軟弱者ばかりデス! ミカたんが特待生をぶっ潰して名を上げてやるのデス!」

「いいや、名を上げるのは俺だね!」

 いつの間にか、嘘をついたつかないという話を外れて、特待生である僕の首を狙って争いが起きている。

 百足がパチンと指を鳴らすと、体育館のあらゆる入り口から、水兵服に身を包んだ「群衆」が、わらわらと侵入してきた。

「ねっ、眠子さああん!」

 僕は車椅子に座る眠子のそばに駆け寄ろうとした。そこが体育館の中で一番安全な場所だからだ。

 その時、天井のスピーカーから、キーンコーンカーンコーン……という間の抜けたチャイムが鳴り響いた。

 すると「群衆」たちはマーチング・バンドさながらに、金色に輝く楽器を取り出すと、澄んだ音色で、この抜身学園の校歌を演奏し始めた。

「入学式の始まりだ」

 そう告げたのは、いつの間にかステージに立っていた梅宮だった。

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