第11話

 ミカたん(!)が引きちぎられた金属バットの先端ごとそのか細い腕を振り上げる。その瞬間、ぞわわと全身が震える。まずい、これ、死ぬかもしれん。

 僕はその場に膝をつくと、大袈裟に叫び声を上げた。

「うっ、うああああああ! 足がっ、クソっ、こんなときに!」

「き、鬼怒川くん……?」

 眠子の蔑むような視線が、無様に床を転がり回りまくってる僕を貫く。

「み、見栄を張った……見栄を張った! 本当は車椅子生活を続けているというのに、見栄を張って歩けるなんて言ってしまった! ああ、足が動かない!」

「見栄、デスか?」

 さっきまで肌を焼く勢いだったミカたんの殺気は、少しだけ落ち着いていた。

「ああ! 僕は本当は歩けない。この通りだ」

「……嘘を、ついたデスか」

「……ん? いや、これは嘘の修正だから嘘ではない。事実だ」

「でも、さっきのは嘘だったと認めるわけデスね」

「待て待て。そうじゃないだろう。嘘をついてすみませんと謝ってるんだよこっちは。それはつまり嘘をついていないってことじゃないか。君はなにを言ってる」

「最初にあなたは『歩けない』と嘘をつきましたデスね。さらにあなたは『歩ける』と嘘をついたわけデス。嘘の二度塗りです。すでに真実は闇の中──っ!」

 直後、再びミカたんから強烈な殺気が押し寄せてきた。

「ふおおおおおっ!」

 間一髪でミカたんの振り下ろした拳を避ける。今まで僕が転がっていた場所に、ミカたんのパンチは深く深くめり込み、砕けた床が勢い良く宙を舞った。

「こっ、殺される!」

「鬼怒川くん! そろそろ見せてくださいよぉ!」

「な、なにを!」

 ふと眠子を見ると、彼女は車椅子に座ったまま缶コーヒーを飲んでいる。

 なんてのんきな!

「スパイ・スキルに決まってるじゃないですかぁ!」

「スパイ……スキル?」

「なるほどデスね」

 ミカたんは床から拳を引き抜いて、じっと僕を睨みつけた。その手には汚れすらついていない。どれほどの速度で抜き差しが行われば、あそこまで綺麗なままなのか。

「どうりで、弱いと思いましたデス。手を抜いていたんデスね」

「……ぐっ」

 これは、まずいことになってきた。

 眠子の余計な発言のせいで、僕が必殺技を封印しているような空気になっている。

 ミカたんは根が好戦的なのだろう。にやにやしながら唇をぺろりと舐めた。

「興味深いデス。あなたは確か、特待生デスね」

 なんで知れ渡っているんだ。スパイ学校のくせに僕の情報管理ガバガバじゃないか。梅崎の野郎、親戚だからってぞんざいに扱いすぎだろ。つーかそもそもあいつなにしてんだ。これが本当の始業式だとしたら、やつの姿もどこかに──


「そこまでだ!」


 聞き覚えのある声が、入り口から聞こえてきた。

 僕は振り返り、ほっと胸を撫で下ろす。

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