第10話

 体育館へ踏み込んだ僕たちを待っていたのは、いろいろな意味で予想を超える光景だった。

 まず、何やら特殊部隊的な装束に身を包んだ教員らしき大人たち。ぱっと見でも10人はいるだろう。よく見ると天井からは忍者みたいな格好をしたやつがぶら下がってもいる。ザ・スパイみたいな見た目って、それはそれで問題なんじゃないのか。

 そしてその屈強そうな教員たちが必死に押さえ込もうとしているのが──

「遅いのデス! もうお時間は過ぎているのデス! ミカたんは礼儀正しいのでそういうのは許せないのデス!」

 眠子と比較するまでもない小ささの、平たく言えば、そう、幼女だった。体育館の真ん中でじたばたしている。

 本当にあの子が例の問題児なのか?

「んもー! なんなのデス! ……おやや? あなたたちは新入生デスか?」

 幼女に見つめられた僕は、つい笑顔を返してしまう。眠子は何も言わず、僕が乗った車椅子を押して幼女に近づいている。

「遅いと思ったら、なるほど車椅子では移動も大変デス。それはしょうがないのデス。ミカたんは優しいので、身体の不自由な人には思いやりを持って接するデス」

 きらきらと光を振りまくミカたん(?)の笑顔に癒されている場合ではない。僕は別に身体が不自由なわけではないのだ。

「あはは、ありがとう。でも、ごめん。僕は──」

 誤解は解いた方がいいと思って話しかけたが、眠子に背中を小突かれて、言葉を飲み込む。

「……鬼怒川くん、油断しちゃだめですよぉ」

「油断もなにも、相手は幼女だぞ?」

「彼女は死ノ塚魅禍、見た目はあんなですが、殺傷能力に関しては日本でも指折りの死ノ塚家次期当主なんですぅ」

「殺傷? 幼女が? 当主? 幼女が?」

 急に二人で話し合いを始めた僕たちを訝しむこともなく、ミカたん(?)はぽかぽか笑顔を浮かべている。この幼女に殺傷能力があったら、もうなんかスパイがどうとかいう次元ではない気がする。完全なファンタジーだ。

「あのー、どうしたデスか? さっきお兄さん何か言いかけたデス」

「ああ、えっと、そのね……少し言いにくいんだけどさ」

 眠子に言われたことが気にかかるというのでもないが、今更自分が本当は五体満足であると告白するのはなんだか憚られる。ふと周りを見回すと、教員の格好をしたスパイ軍団、じゃない、スパイ装束の教員たちが深刻そうな顔で僕たちを見つめている。

「ごめん、本当は僕、普通に歩けるんだ。この車椅子は後ろの、眠子さんのなんだよ。事情はちょっと話しにくいんだけど……」

 すっと車椅子から立ち上がり、ミカたん(?)に歩み寄る。刹那、なにか金属がひしゃげるような耳障りな音が体育館に鳴り響いた。

「嘘、ついたデスか?」

「いや、そういうつもりは……」

 なんだか右手が軽くなっているような気がして目線を落とすと、僕の相棒だったはずの金属バットが見るも無残な姿になっていた。グリップ部分から先がなくなっている。

 ミカたん(?)に視線を戻すと、彼女の柔らかそうな手に金属の塊がへばりついているのが見えた。僕のバットだ。

「マジ?」

「嘘はよくないなあ、嘘は」

 なんか言葉遣い変わってますけど。

「お前、殺していいか?」

 ──マジ?

 

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