第8話
百足部隊がいなくなった教室は、それはそれは静かなものになっていた。
教室に残っているのは僕と眠子、そして百足の三人だ。
「先生も百足さんの部隊だったんですねぇ」
がらんとした教室を見回しながら、眠子が呟いた。
「早く来すぎたからな。待つのも面倒臭いんで、先に入学式を始めさせてもらった」
ダメでしょ……
「え、じゃあさっきの抜き打ちテストっていうのは」
「それは本当にあるらしい。どんなものかは定かではないがな」
「へえ」
僕はとりあえず窓際の席に座り、今頃本当の入学式が始まっているであろう体育館を眺めてみる。これ、しょっぱなからサボったってことになるのかな。まあでもだいたい百足が悪いし、僕らは騙されたかわいそうな被害者ってことで許されるだろう。
「ねえ、他の新入生ってみんな……その」
大きな殺人用車椅子に座っている眠子、ついさっきまで百人以上の部隊を引き連れていた百足を交互に見る。
「なんていうか、君たちみたいな感じなのかな」
「どういうことですかぁ?」
「諜報員から仕入れた情報によれば」
百足はどこから取り出したのか分厚いファイルを開いた。
「例えば、姫乃薔薇有栖。彼女は諜報のスペシャリストと言われている。壁に耳あり障子に目あり、床に姫乃薔薇有栖と言えば界隈で知らない者はいないだろう」
床に……
「他にも俺の知る限りではかなりの粒ぞろいだ。抜き打ちテストは、荒れるだろう」
「え、他の人については教えてくれないの」
「どうせあと一時間もすれば会えるんだ。わざわざ敵に情報を公開してやる義理もない」
敵、と言われて、改めて百足が僕を見る眼差しに敵愾心が込められていることに気づいた。そりゃそうか。彼らは一応一般入学であって、僕は特待生なんだ。本気でスパイを生業にしている連中からすれば、僕に対抗意識を燃やすのも理解できる。
ただ、僕は別にスパイじゃないからなぁ。特待生もコネだし。縁故採用ってだけで叩かれる職場も結構あるらしいけど、似たようなものなのだろうか。
おそらく梅宮からすれば僕をここにぶち込んだのは数合わせ以外のなにものでもないだろう。とっとと彼らの誤解を解きたいが、かといって特待生を返上してまでこんなふざけた学校に通う意味もない。びた一文、金は落としたくなかった。
「……あのぉ、なんか体育館の方が騒がしいんですけどぉ」
眠子は会話に参加していなかったかと思えば、どうやらずっと外を見ていたらしい。僕も彼女にならって窓の外を見やると、確かに体育館から職員らしき大人が出たり入ったりを繰り返している。騒々しいざわめきも聞こえてくるほどだ。
「どうしたんだろう」
「行ってみますかぁ?」
またあのかったるい入学式を受けるのは御免こうむりたいが、好奇心が勝った。
僕は金属バットを片手に、眠子は殺人用車椅子を押しながら教室を出る。
「百足は?」
「俺はいい。二度も入学式を受けるバカがどこにいる」
まず普通は二度も開催されないもんなんだけどな。
僕と眠子は百足を置いて、なにやら騒然とした雰囲気の体育館に戻った。
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