第7話


「抜き打ちテスト、ねえ……。それって、あたしも受けないといけないのかしらん」

 凛として無機質な声が鳴った。まるで鈴の音のようなそれは、特徴的であるがゆえにむしろあらゆる個性を剥奪されている。したがって、この喧騒の中で彼女の声を聞き入れた者はいない。

 老若男女入り乱れた人々の話し声、氷がグラスの中で跳ねるカチカチという音、低く唸り続ける空調器機のモーター音──その場所にある全ての音を一つのオーケストラに例えるという詩的暴挙が許されるのなら、彼女の声は、

 ……そんな中二病患者みたいなことを考えている場合ではなかったと男は思い直した。彼女は別に独り言を発した訳ではないのだ。

「お嬢様。いくらお嬢様とはいえ、学校のテストは受けられたほうがよろしいかと存じます」

 長く伸びた黒髪の内に潜むワイヤレスモニターから聞こえた返答に、お嬢様と呼ばれた少女、姫乃薔薇有栖は満足げに頷いた。

「うんうん、そうよね。あたしもそろそろ教室にお邪魔しようかと思っていたところなの。そこにいるわけじゃないのに、誰よりもその場所のことを理解っているなんて、やっぱり不健全だわ。それに──」

 それは自分への当てつけなのだろうか、と男は考えたが、よもや何かを言い返せる訳ではない。有栖の声や吐息を、たとえイヤホン越しとは言え耳にすることができるというだけでも僥倖なのだ。

「彼が噂の特待生なのね……、ふふ、早くお話がしてみたいわ」

 有栖は立ち上がると、誰に見とめられることもなく店を後にした。会計をしていないことすら誰にも気づかれずに。

 その僅か数分後、まったく別の人間が彼女の元いた席に座り、三十分ほど読書に耽ったのち、当たり前のように彼女が注文していた分の伝票をレジに持っていく。それが誰なのかは、当の有栖ですら知らない。


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