第6話

 声のしたほうを振り返ると、短い髪を金色に染めた美青年が立っていた。学校指定のネクタイの代わりにループタイで洒落こんでいる。

 ブレザーの胸に刺繍された校章は、気味が悪いムカデのバッジで隠されている。入学早々に制服を着崩すなんて、かなりの不良ではないか。僕が一番関わりたくないタイプだ。

「えぇ~百足さん? 本物なんですかぁ~」

 なぜか隣の眠子はテンションが上がって、ぴょこぴょこ飛び跳ねている。

「そういうお前は、狂気のメカニック・スパイこと九文字眠子か。体育館の銃痕はお前の仕業か?」

「違いますよぉ~あれは事故なんです」

 なんなんだ、この状況は。

 スパイ同士、お互いがお互いを見知っているかのような口ぶり。ミクシィにそういうコミュニティでもあるのか? 現代っ子のフレンドシップなのか?

「しかし……さすがと言うべきか。これほど早く見破られるとは思っていなかった。腐っても抜身学園の新入生、といったところだな」

「つまり、きみも……」

「新入生の百足だ。スパイに馴れ合いは必要ないだろうが……とりあえず、よろしく頼む」

「よろしくです~」

 教壇に立つ細身の男が、苦笑して言う。

「まったく、噂には聞いていたが、これほどとはね。どこからともなく群衆を調達し、追っ手から姿をくらます神出鬼没のスパイ、百足。おかげで創立以来の、一学年複数クラスでの授業が強いられるハメになったぜ……せっかく仕事の楽な学校に来たっていうのによ」

 机に座っている「群衆」とやらがパチパチと百足に拍手を送る。

「そして殺人用に作り変えられたガジェットに身を包み、作戦遂行のためには容赦なく血を流す、戦慄の女スパイ九文字眠子……体育館の宣戦布告には恐れ入った。お前たち二人とも、内申点アップだ」

「ありがとうございます~~」

 眠子は照れたように頭をかきながら、お辞儀をする。

「俺はこのクラスの担任の、榊原(さかきばら)だ。よろしく」

 百足は軽く右手を上げて答えると、空いている机に腰を下ろした。

「やっぱり百足さんってすごいんですね~、噂通りイケメンだし」

 カチンと来た。

 僕の描いた眠子との未来予想図が、こんないけすかねえ金髪野郎に塗り変えられようとしている。

 ダメだ。ここで舐められたら、僕の学校生活が冴えない灰色の毎日になってしまう。

「ちょっと待ってくれ。おかしいじゃないか」

 僕の声に、教室じゅうの視線が集まる。

「まずきみだ」

 僕は机に座る百足を指差す。

「おかしいじゃないか。群衆に紛れると言っておきながら、自己主張の激しい金髪。そして胸元に光るムカデのバッジ。ご丁寧に自己紹介しているようなものだ」

 百足は表情を崩すこともなく僕を見つめている。

「それからきみだ」

 次に僕は、眠子に向き直る。

「やることが派手すぎる。音もうるさいし。目立ちすぎるんだよ。あと、か、か、かわ」

 可愛いし、と言えるほど、僕の心臓は強くなかった。

「とにかく、きみたちはスパイにとって一番重要なことを忘れている。それは目立たないことだ。敵に悟られることなく、水面下で任務を遂行する。そのためにはできる限り目立たないことが大事なんだ」

 よし。悪くない。

 スパイについてろくに知りもしない僕にしては、わりと真っ当な意見が言えたんじゃないか?

「フン」

 百足は鼻で笑って、言う。

「考え方が古いな。まあ、お前みたいに地味で冴えない奴は、それくらいしか長所がないんだから仕方ないだろうな」

「ウッ」

 あまりにも酷い文句に、僕は泣きそうになる。ていうか顔が怖い。人間としてのオーラが全然違う。何も言い返すことができない。帰りたい。もう嫌だ。

「ちょ、ちょっとぉ~二人ともやめましょうよ~」

「偉そうに講釈たれやがって。そもそもお前は誰だ?」

「あ、鬼怒川凡斗です」

 思わず敬語になってしまった自分が悔しく、ギリギリと歯ぎしりを抑えられない。

「そうそう、今年の特待生の、な」

 榊原がそう言った瞬間、シン、と空気が張り詰め、百足も、眠子も、群衆も、目を点にして僕を見つめた。

「……ええぇ~~っ!?」

 最初に口を開いたのは眠子だった。

「き、鬼怒川くんって、特待生だったんですかぁ~!?」

 百足も、さっきとはうって変わって表情が硬くなっている。

「あ、特待生、うん、まあ一応ね」

「ふん……鬼怒川なんて聞いたこともないが……お前が特待生だったとはね……」

 よくわからないが全員から一目置かれてしまったようだ。

「だが、どうも信じられないね。お前からは大物感が伝わないんだよ。何なら、ここでどっちが上か決めたっていい」

 百足が立ち上がる。

 いきなり火ぃついてんじゃねーよ勝てるわけねーだろどうしよう。

 僕は助けを求めて眠子を見る。だが眠子は憧れに満ちた目を輝かせて見つめ返してくるだけだ。ダメだ。

 次に榊原を見る。榊原はニヤニヤしながら言った。

「まあ、そう焦るな。慌てなくても、これからお前たちには抜き打ちテストを受けてもらうんだからな」

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