第3話
校長室を出て、入学式を行う体育館へ向かう。スパイ活動なんて、僕に務まるのだろうか……。
それよりも気になるのは、十三人という圧倒的に少ない新入生の数だ。学年が三つあるとして、全校生徒は五十人にも満たない。当然、クラスも学年に一つずつだろう。もし僕だけ嫌われてハブられたりしたら、三年間、孤独な学校生活を送るってことか?
想像して身震いする。もっと普通の高校で、普通の青春をエンジョイしたかった。
暗い気持ちで廊下を歩いていると、体育館の入り口が見えた。
廊下は校舎から一度外に出て、段差を上がって体育館に入る。
その段差の手前で、僕の首もとまであろうかという機械の塊が蠢いている。
なんじゃこりゃ……と思い、機械の反対側に回り込む。すると機械に包まれるようにして、小柄な女の子が困った顔で座っていた。よく見ると、機械の底部分には大きな車輪が二つ付いている。
そうか、これは車椅子なのだ。
女の子の体に比べて、バカみたいに大きい車椅子。
「もしかして、きみも新入生?」
女の子はパッと顔を上げる。
栗色のふんわりした髪と、ぱっちりした目。紺色のブレザーは、やたらとメカニックな車椅子に似つかわしくない。
「へっ? あ、そ、そうなのです!」
いきなり話しかけられてビックリしているようだ。かわいい声をしている。
「僕もそうなんだ。名前は鬼怒川凡斗、よろしく」
「九文字眠子(きゅうもんじねむこ)です、よろしくお願いします〜」
どうやら彼女は訳あって車椅子生活をしているものの、段差があるせいで体育館に入れず困っているらしい。
このご時世にバリアフリーすら進んでいないとは、やっぱりロクでもない高校だ。かわいい女の子を困らせやがって。あとで梅宮に言っとかなくっちゃ。
「じゃ、僕が押してあげるよ」
「えっ、えっと」
僕は女の子の背中に回り、補助者用のグリップに力を入れて、テコの原理で車椅子の前側を浮かし、段差に乗せてやる。このまま前に進んで押してやればオーケーだ。
「あ、ありがとうございます! よかったあ、怖い人しかいなかったらどうしようかと思ってた。鬼怒川くんみたいな優しい人がいてすごくホッとしましたぁ」
僕は顔がニヤけるのを我慢することができなかった。
ホッとしているのは僕も同じだ。入学初日から、かわいい女の子と親睦が深められるなんて、本当に運がいい。どうせクラスも同じになる。ぼっちコースは回避できそうだ。いや、ぼっちどころか、ピンク色の青春が待っているかも……。
「じゃ、前に押すよ」
グッと力を込めて、眠子を前に進ませる。
グリップを握った指の下で、カチリと何かが動いた。
「ひゃっ!? そ、そこ押しちゃダメですぅ〜〜」
眠子が腕を乗せている肘かけの下から細長い銀色の筒が伸び、細かく振動しながらバルルルルンと軽やかな銃声を響かせて、何発もの弾が体育館に発射された。
下から上へ、なぎ払うように銃弾が爪痕を残す。パイプ椅子の二、三個が木っ端微塵になり、ステージの上の祭壇に穴を数箇所空けてから、掲げられていた日本国旗を引き裂いて、ようやく銃はおとなしくなった。
肘かけの下からわずかに煙が上がり、火薬の匂いが鼻をつく。
僕と眠子が一番乗りだったから良かったものの……射程圏内に人がいたら、致命傷はまぬがれなかった。
「こ、これは」
「ごめんなさぁい、言い忘れてたんだけど、これ殺人用車椅子なんですぅ」
「殺人用」
「スパイたるもの、常に荒事に巻き込まれる危険があるわけじゃないですかぁ。私みたいに足が不自由だと、それなりの戦い方を考えないといけませんよねぇ」
眠子は何でもなさそうに言うと、ぶっ壊れたパイプ椅子がさっきまであった場所まで車椅子を進めた。
僕はぼんやりしたまま、彼女の横の椅子に座った。
あと十一人。こんな連中ばかり集まってるわけじゃないよな、と、なかば祈るように考えつつ、他の生徒たちが来るのを待った。
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