第2話
部屋に足を踏み入れる直前に、昇降口で見た学校の地図を思い出した。記憶が正しければ、校長室に続く部屋なんてなかったはずだ。つまりここは、なんらかの理由で公にはしていない──あるいは、できない──部屋、ということになる。
梅宮が電気をつけると、目の前に広がってきたのはガラス張りのショーケースだった。中にはゲームでしか見たことがないような武器が飾られている。アサルトライフルからPDW、拳銃はもちろん手榴弾までが所狭しと並んでいた。
「これは……」
僕の後ろからついてきていた監督が呟いた。
「この学校はね」
梅宮は愛でるようにショーケースに手を滑らせる。
「私財を投じて作り上げた、スパイ養成学校なんだよ」
「スパイ?」
僕が繰り返すと、梅宮は頷いた。
「周知のように、現在、日本には各国から数多くのスパイが潜り込んでいる」
梅宮の言う通り、国会では日夜政治家たちがスパイ対策について議論し、ワイドショーのコメンテイターは僕ら庶民の不安を煽るような憶測を交わしている。
しかし誰も、日本にスパイがいる理由について知らないのだ。国家の陰謀? はたまた、地中深くに存在する大量の資源? あるいは……もっと、超自然的ななにか。
「国も対策に窮している。そこで、私は恩を売っておくのも悪くはないと思ったのさ。六十年代以来、表舞台である政治と我々裏社会の人間は袂を分かった。散々利用するだけしておいて、政治家どもは私たちを切り捨てた……だからこそ、連中にわからせてやらねばならん。どちらが本当に『力』を持っているかを、な」
やはり梅宮は裏社会の人間なのだ。それも、僕が思っていた以上に真っ黒だ。
「だから、私はこの学校を作り上げた。目には目を、歯には歯を。スパイには、スパイを」
にやりと梅宮が笑うと、監督もつられて笑う。僕も一緒になって笑った。
「そこで、ふふっ、君だ」
「僕、ですか……くくっ」
梅宮はスーツのポケットから取り出したスイッチを、ぽちっと押した。
ショーケースのガラスが、ゆっくりと天井に吸い込まれていった。
「君だけじゃない。入学式には君を含め、十三人のスパイ候補生がいる。これから三年間、君たちはお互いに切磋琢磨し、時に蹴落とし合いながらも本当のスパイになるため多くの経験を積んでもらう。それが、我が抜身高校の目的だ」
「で、でも、そんないきなり言われても」
僕が、スパイだって? いたって平凡な日常を送ってきた僕にとって、梅宮から告げられた唐突な話はすんなりと消化できないものがあった。自信がないのだ。
困惑する僕の背中を、監督はそっと押してくれた。
「お前なら、できるさ」
「監督」
梅宮を見やると、彼はにこりと微笑んだ。
「ああ。私も君には期待をしている」
監督と梅宮の強い期待の込められた眼差し。
そんな目で見られたら、頑張るしかないじゃないか。
「さて、まずは今日、入学式を終えたら君たちには自己紹介をしてもらう。そこで得意な武器種を紹介するのだが、いかんせん君はまだ武器を持っていない。どうだ。この中からいくらでも好きなものを選ぶといい。まあ、身内贔屓というやつだ」
しかし僕は首を振った。梅宮が不思議そうに首を傾げる。
「いりませんよ、そんなもの」
監督とアイコンタクトを交わす。ええ、わかってます。僕には、これしかない。
僕は校長室に戻ると、床に落ちていた金属バットを拾い上げた。
「まさか」
「ええ、そのまさかです」
グリップの握り心地、金属バット独特の重み。慣れ親しんだ相棒を、肩に担ぐ。
「僕はこいつで行きますよ。今までも──そして、これからも」
来たる入学式。いったいどんな人たちがいるんだろうと期待に胸を膨らませて、校長室を出た。
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