第1話

 この学校を作った理由か──長い話になりそうだ。

 僕は前屈みになって梅宮を睨みつけ、ゆっくりと身構えた。というか、さきほど人生で初めて女性の下半身を生で見たしまったせいで、前屈みにならざるをえなかったのだ。

 できることなら、年寄りの長話など聞かずにトイレへ駆け込みたい! この時間なら、女子トイレに入ることもあるいは可能かもしれない。

 とはいえ、話をしに来たのは僕のほうだ。しばらくはなんとか堪えるしかない。

「手短に、お願いします」

 ようやく声を絞り出すと、梅宮は満足そうに頷いてからヒゲに覆われた口を開いた。

「そうだな、さっきまで女がいただろう。彼女はアリサ君といってな、わしの秘書の一人だ。他にも、あのような女は腐るほどおる。それは、わしが権力を持っているからだ。ここはただの私立学校ではあるが……いや、だからこそ、この学校の秩序はわしの手の内にある……それがどういうことかわかるか」

 梅宮は、ニヤリと金歯を覗かせて笑っている。

 親族ながら、下衆いことを言う。しかし……ああいう女の人を権力によって好き放題にすることができるという事実について考えを巡らすごとに、僕の前傾姿勢は加速していくのだった。

 まるで会社をクビになったサラリーマンが公園のベンチに座っているときみたいに。あるいは、とてつもない腹痛に襲われ、小一時間便座に蹲っているおっさんのように。いや……いずれにせよ、問題なのは上半身の角度ではない。若いうちは天を目指すのだ。

 窮屈さからくる痛みに耐え、必要以上の上目遣いで梅宮を睨む僕に、彼は急に声のトーンを落として語りかける。

「アリサ君は新任教員の一人じゃ。大学も出たてで、とても初々しくてな……いまだに顔を赤らめたり、胸を手で隠し続けたり、非常にうぶでこれが堪らんのだよ。ちなみに、秘書の中では……彼女が一番の巨乳だ」

 もう我慢の限界だった。僕は咆哮すると、立ち上がってドアを蹴破り廊下へ駆け出そうとした。しかし。

「開かんよ」

 さっきはすんなりと開いたはずのドアが、押しても引いてもまったく動かなくなっている。

「な、どうして! 出してください! 出させてください!」

 力まかせにドアを叩いたところで、びくりともしない。床からバットを拾い上げて深呼吸し、すうっと左足を宙に浮かせると、後ろから足音が聞こえた。

 振り返ると、馬鈴薯のようなゴツい顔面が僕を見下ろしている。

 高校三年の夏。甲子園を目指して練習を重ね、流して来た汗と涙の数はチームの誰にも負けていないつもりだった。7番レフト、なんとか掴んだレギュラーの座。そして迎えた地区大会初戦で、8回表の攻撃、一点のビハインドを追いかける僕たちは、一死二、三塁のチャンスを迎える。ネクストバッターズサークルに立つ僕の元へ歩み寄ってきた監督に言われた言葉──「代打を出す」──そして力なくバットを床へ転がした僕は……。

 ともあれ、僕はソファに座り直し、姿勢を正した。

「まだ話は終わっとらんからな」

 梅宮はそう言ってから、部屋の奥にある方の扉を指差した。どこか別の部屋へ繋がっているのだろう。僕はなす術もなく、梅宮の後に続いてその扉をくぐった。

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