酸っぱい葡萄と喫茶店
@hiranonariyoshi
プロローグ
元気な小鳥さんたちが鳴いていた。
ぱっと見、廃墟か幽霊屋敷にしか見えないその四階建ての建造物に、僕はこれから三年間通うことになる。
大人なった時には「母校」と呼んでいるだろう……この辛気臭い空気を思い出しながら……。
敷地内をぐるりと囲む樹々は毒々しく色づき。よく見ると、樹々を飛ぶ小鳥さんたちは殺意に溢れた眼光をたぎらせ、今すぐにでも僕の内臓をついばみたそうにウズウズしているようだ。
入学式まであと二時間か。
さすがに他の生徒の影はない。
僕は、わざわざ二時間も早く来た目的を果たすため、未知の空間へと足を踏み入れる。
まだ自分のクラスも決まっていないので、適当な下駄箱に靴を投げ入れ、新品の上履きに紐を通す。
校長室はどこだろう?
悩む暇もなく、僕の第六感が「あっちだ!」と告げる。
誰もいない廊下を歩き、職員室を通り過ぎた先の一番奥に、重々しい扉で閉ざされた部屋がある。
扉の上には「校長室」と、木張りの札がある。
僕は勢いよく扉を開けながら、言った。
「僕の名前は鬼怒川凡斗(きぬがわぼんど)、ちょっと勘が鋭い以外はまったくもって普通な十四歳の男子生徒。この春、一般入試で合格したそこそこの高校に入学するはずが、急に叔父である梅宮鴑坪(うめみやどつぼ)の命令で、この得体の知れない抜身高校(ぬきみこうこう)に特待生として無理やり入学させられた。梅宮は抜身高校の校長で、裏社会にも数々の人脈を持っていると噂される男で、気づいたら抵抗する間もなくそうなっていたのだ。学費がタダになるのは嬉しいけれども、僕はこの高校のパンフレットすら見たことがなく、来てみたらとうてい私立高校とは思えない劣悪な環境が広がっていて、わりと不安を覚えている」
校長室の中、窓を背にした漆喰の机の向こうで、梅宮が黙って僕を見ている。
その横には細縁のメガネをかけたスーツ姿の見知らぬ女性が、やはりぽかんと口を開けて僕を見ている。
二人とも下半身が丸出しだ。
「い、いやあっ!」
女性は慌てて着ていたものを整えると、僕を押しのけて部屋から出て行った。
梅宮は取り乱しもせず、ダークスーツをゆっくりと着直し、大きくて柔らかそうな椅子に腰かける。
スキンヘッドの頭、がっしりと筋肉質の肉体、強面の顔。
さしずめアウトローな組織の重鎮といった貫禄を漂わせながら、おもむろに口を開いた。
「言われなくてもわかっている」
静かだが地の底から響いてくるかのような声だ。
「お前はいい年をして、ノックもできないのかね?」
僕は天井近くまで放り投げたボールを、落ちてきたところを見計らって金属バットでジャストミートする。
勢いよく飛んだボールは、梅宮の左手のグローブの中に、パシィィィンと乾いた音を立てて収まった。
「そっちのノックじゃない」
梅宮は僕をソファに座らせ、コーヒーを淹れる。
「入学式まではだいぶ時間があるようだが」
「そりゃあ、呑気に春一番気分で入学式を迎えるわけにはいきませんよ。いったいどういう目的で、僕をこの学校に入れたのですか」
梅宮はゆっくりとコーヒーをすすり、窓の外を眺めた。
「その質問の答えになっているかはわからんが……」
そして、僕の顔に向き直る。
「我が校に普通科は存在しない」
僕はゴクリと唾を飲んだ。
「答えには……なっていませんよね」
梅宮は続ける。
「まず、わしがなぜこの学校を創ったのか。それを説明しなければなるまい」
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