夏の終わり

 思い切った行動に出た環奈も走行中の車から飛び降りるなんて事はしなかったようで、祖母の家に行くと、既に東堂と環奈が到着していた。

「ナッちゃん」

 咲は心配そうに言ったが、環奈はばつが悪そうに顔を逸らした。

「あの、それで秘密兵器は…」

「そんなもの、ある訳ないだろうが」

 未だに夢見がちな事を言っている東堂に言ってやるとあからさまに落胆した。

「これから俺達が見つけるのは、その元ネタだ」

「元ネタ?」

 東堂が詳しく説明しろと言うように繰り返したが、説明なんてする義理はない。

「それより環奈」

 環奈は視線だけをこちらに向けるが、返事はしない。

「宝探しをしよう」

 このままでは埒が明かないなと思ってそんな事を口にする。

 環奈が顔をこちらに向けた。

「宝探し? だって宝は…」

 不安そうに地図が指し示した方向を見ると、諦めたような口振りで呟いた。

「宝はある」

 だらだらと説明しているよりは実際に宝を見つけてしまった方が早い。

 それにそっちの方が興奮するだろ。

「なんだい。こんなにぞろぞろ集まって」

 休憩を入れに来たのか、畑の方から祖母と千誉が姿を現した。

 見ない顔だねと祖母が東堂を見ると、東堂は固い笑みを浮かべながらお辞儀をした。

 祖母の箒攻撃を思い出したのに加え、祖母の後ろに控える千誉が形容しがたい笑みを浮かべていたのが原因だろう。

「ばあちゃん。スコップ借りるよ」

「何に使うのさ」

「宝探し」

「宝探し! どこにあるか分かったの?」

 千誉が弾んだ声で言ったので、返事代わりに頷いて見せると自分も行くと言い出した。

「え、謎が解けたの!」

「本当、ですか」

 驚いたように言う咲と信じられないとでも言いたげな環奈が対照的なのは宝が本来どこに埋まっていたのかを知っているかどうかの差だけではないはずだ。

「とにかく、移動しよう」

「すぐにお昼にするからね」

 祖母が呑気に言ってくるのを聞きながら、下の畑を目指す。

「ねえねえ。謎が解けたの?」

 歩き始めるとすぐに咲が隣に駆け寄ってきてそんな事を聞いてきた。

「多分な」

 これで間違ってましたとかだったら恥ずかしくてやってられなくなるけれど、大方間違ってはいないはずだ。

「謎が解けたんならさ、何かあるじゃん?」

 期待を込めた視線を送りながら咲が見つめてくるが、何があるのかまるで分からない。

「は?」

 意味が分からないと言ってやると咲は露骨に溜息を吐いた。

「謎が解けたならする事は一つでしょ。解答編をやらないと」

「いや、別にいいし」

「ケチ」

「私も…」

 後ろから聞こえる声に反応すると、おずおずと言った様子で環奈が小さく手を挙げていた。

「私も聞きたいです」

「私も!」

 千誉も環奈に続いて手を挙げると、東堂も追随してきた。

「そうそう。勿体ぶるとか意地の悪い事はしないでさ、ね?」

 味方を得てより気が強くなった咲がしたり顔で言ってきた。

 実物を早く見せた方が手っ取り早い、間違っていた時にそこまで恥ずかしい思いをしなくて済むという目論見が完全に裏目に出てしまった。

「…分かったよ」

 木陰が気持ち良い坂道に差し掛かる辺りで自分の考えを口にした。

「家の居間に二枚の写真があるんだ。一枚は白黒。一枚はカラーのやつ」

「宝の地図、ですね」

 環奈の合いの手に頷く。

「どっちもここら辺の上空を撮ってるんだけど、カラーの方にだけ花畑が写ってるんだ」

 そこでスマホから画像を呼び出して見せてやる。

「宝の地図じゃん」

「私が見つけたやつだね」

「あの紙切れに、こんな…」

 何も知らない東堂が紙切れが地図になる事に驚いたが、それは完全に無視する事にする。

「ここ、穴が開いてるだろ。大体、家の花畑あたりなんだ」

「それが?」

「花畑は式口ナツが紙切れを作った時にはないはずのものだ」

 しんと静まり返る中、葉が擦れる音が静寂をより強めた。

 皆、次にどんな言葉が飛んでくるのかを待っている。

 悪い感覚ではない。

「後生、大切に持っていた紙切れに無駄に細工をするなんて思えない。この穴にも意味があるはずなんだ。それに家の花畑では式門で描かれる花ばかりを育ててるみたいなんだ」

 祖母の口ぶりから察するに、祖父がこの件にだけは意固地になっていた節すらある。

 わざわざ花畑の一部に何も育てない場所を作り、自分達の生活があるにも関わらず、大した金にならない花を育て始めた事が無意味であるはずはない。

「もしかしたら宝はないかもしれない。でも、手掛かりの一つはあるはずなんだ」


 カンナの花はまだ元気に咲いている。

 一歩、また一歩と花畑に近寄る。

 それに合わせて緊張していくのが分かる。

 カンナの花を掻き分けながら進むと、ぽつんと裸の土が姿を現した。

 中央まで近寄り、スコップを差し込む。

 手応えはない。

 土を掘り起こし、もう一度スコップを差し込む。

 土が締まっているせいで固くなっているが、掘り出すのが困難なほどではない。

 手応えはない。

 もう一度。

 じいちゃん、ここに宝を埋め直してまでナツとの約束を守ろうとしたんだよな。

 宝の地図の謎、千誉と一緒に解いたよ。

「本当にここ?」

 テツ、約束はしっかり果たすから。

 きっと朗報を咲の口から言わせてみせるから。

 手応えが得られないと少しずつ不安になってくるが、それでもスコップを差し込む手は止めない。

 ナツ、見た事もない貴女だけど、きっと今日という日に何年も続く夏は終わるはずだから。

 じわりと汗が流れるが、不快感はない。

「あんちゃん」

 咲、お前には宝があるって事を証明してみせる。

 散々馬鹿にしてきた事を謝らせてやるからな。

「お兄さん」

「見てろ」

 環奈、お前に最高の夏だったって言わせてやる。

 大丈夫、宝はここにあるから。

 手応えはまだない。

 もう一度だ。

 強く信じ、まっすぐ、全力で。

 もう一度。

 がつんという小気味の良い音がした。

「見つけた!」

 手応えを感じると思わず空を仰いで吠えていた。

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