諦められないのなら

「自転車、どうするつもりだったんだ?」

 旅館ふなさかに置きっぱなしになっていた自転車を回収して祖母の家に向かう途中に尋ねた。

「忘れてました」

「さいで」

 ボロい自転車だから忘れてくれていても大して問題はないが、あっけらかんと言われると呆れてしまう。

 カラカラと車輪が回る音を聞きながら緑が多い景色が流れて行く。

「そう言えばさ」

「はい」

「あの日、あのバス停からふなさかまでどうしたんだ」

「歩きましたよ。どうしてあんな所にバス停があるんですか」

「俺に文句を言われても」

 旅館ふなさかがある村の中心部とも言える場所と栗岡村の最寄駅とがバスで繋がっていない。

 そもそも人口が少ないにも関わらず土地ばかりが広すぎる栗岡村だから、バス利用が最盛期だった時代の移動は基本的に車でバスを使う人なんかは村の中心から離れた人間が通勤、通学のために利用するくらいだったからかもしれない。

 仕方がないと言えば仕方のない事なのだろうが、祖母の家の近くに駅までの停留所があってそこから自転車で三十分近くもかかるような所に村の中心があるのはおかしいと思う。

「私からもいいですか」

 暑さを紛らわせたいのか、環奈が聞いてきた。

「どうしてあそこに?」

「え?」

「もう用なんかないはずです。宝探しは終わって、私は今日にもここを発つ。お兄さんが息を切らしてまであそこにいる理由が私には分からない。咲ちゃんに用があったんじゃ」

 ちらりと後ろを見ながら環奈が言った。

「あー…。理由なんてものはすぐに分かるよ」

 視線に釣られて後ろを確認する。

 視線が合うと、咲がそっぽを向いた。

「そんなにむくれるなよ」

「は? むくれてないし。ウケる」

 むくれてんじゃねえかと言いたくなるが、咲がこちらを見て、お二人でお楽しみすれば良いよと言われた日にはもう何も言えなくなる。

 環奈を引き留め、旅館ふなさかに自転車を取りに戻ると咲に二人でいる所を見られた。

 別にやましい事なんか何一つない上に咲も呼ぼうと思っていた矢先だったから都合が良いとすら思ったが、当の咲が何を勘違いしたのか、自分だけ除け者にされたと思い込んだのだ。

 助けてくれよと言うつもりで環奈を見ると、環奈は露骨に眉尻を下げた。

「ナッちゃん。宝探しも終わってないのに今日の夕方に帰るって言い出したと思ったら、朝一でチェックアウトでしょ。何かなと思ってたらあんちゃんとランデブーかよ」

 この御時世にランデブーという単語を使う事にも驚いたが、それ以上に宝探しが続けられないという事を告げていない事に驚いた。

「何も言わないで発とうとしたのか」

 瞬間、環奈はぐっと唇を噛んだ。

 腹の奥底から煮えたぎる何かが湧き上がって来て、思わず自転車を止める。

 後ろを走っていた咲が慌てて自転車を止めて文句を言ってきたが、それどころではない。

 教えてほしい、話してほしいと言った環奈が咲に何も言わないなんて。

 自分が言える立場ではないのは分かっている。

「事情を話してほしいと言った本人が事情を話さず消えようとしたのか」

 それでも宝が眠っていた場所くらい、咲に、鉄治に言わないといけなかったのではないか。

「だって!」

 環奈が堪らず叫ぶと、自転車を降りた。

 目が合う。

 その目は悔しさで満ちていた。

「こんなのあんまり。諦めなくちゃいけない。宝探しも、おばあちゃんの事も、何もかも。それがテツさんの耳に入るなんて、私には耐えられない。何も言わなければ、夏は終わらない。来年も、再来年も宝探しは続いていく」

 言う内に目が潤んでいく環奈の視線は涙を堪えながらこちらを見据える。

「諦めたのなら、諦めないといけない」

 失敗した所で諦めるから失敗だという祖母の言葉が思い出された。

「諦められるはずない!」

 昨日と真逆の事を叫ぶ環奈を見て、行動を起こして正解だったと思った。

「咲ちゃんと出会って、お兄さんと出会って、宝が目の前に見えてきたのに、それなのに宝を手に出来ないなんて諦めきれるはずがない!」

「だったら見つけないと」

 成功するまで続けないと。

「どうやって! 今だって私にはこれから何をするのか分からない。最後の思い出作りなんていらないのに!」

 タイミング良く、あるいは悪く車が一台、通り過ぎた。

 その車のバンパーは盛大に破損しており、どこかで見覚えがある。

 向こうもこちらに見覚えがあるのか、その車が前方で停車すると東堂が顔を出した。

 まだいたのか。

 相反する気持ちをない交ぜにしながら東堂を視界の端に抑えつつ、環奈を見据える。

 東堂を意識する暇なんてありやしない。

 妙な静寂が流れた。

 どういう神経をしているのか東堂が手を挙げながらこちらに近寄ってくる。

 それに気付くと静寂を断ち切るように環奈が踵を返し、東堂の手を取って駆け出した。

「あ」

 自転車が倒れるのを無視して進むと、東堂を運転席に押し込んで環奈が助手席に乗り込んだ。

「出しなさい!」

 車内から怒声が響くと、車が走り出した。

「…行っちゃった」

 環奈の予想外の行動に唖然としたが、咲の呟きで我に返った。

「追いかけるぞ!」

「ちょっと待って。事情を…」

 状況が呑み込めない咲の自転車を奪って走り出す。

「それ私の!」

 叫びを無視して自動車を追う。

 軽く力を入れただけでどんどんと加速していくが、自動車の加速には敵わない。

 同じ事を既にしていたから分かっていた事だが、自転車では自動車には追い付けない。

 切れる息を落ち着かせ、電話を掛ける。

 これだけはしたくなかったが、何もしないよりも何倍もマシ。

 名刺は捨ててしまったが、発信履歴が残っていたのが救いだった。

「はい」

 幸いな事に東堂が電話に出た。

 東堂も環奈の扱いには困っているはずだからこの誘いには乗ってくるはずだ。

「運転中の通話は法律違反だけど」

「ハンズフリーだから」

「お前が探し求めているものの在り処を知っている。環奈を連れて遠藤信人の家まで来い」

 言いたい事を伝えてから通話を切ると、咲が追いついた。

「それ、私の」

 律儀に自転車を二台引っ張って来ていた。

「とりあえず家に行くぞ」

「次は何?」

「宝探しだよ」

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