宝の隠し場所


 休憩の後は謎解きよりも千誉と遊ぶ方が楽しくなった咲につられてしまい、気が付くと夕方になっていた。

「また明日!」

「お邪魔しました」

 各々に別れの言葉を告げると二人は帰って行った。

 謎解きの事を忘れて千誉と遊んでくれて助かったと思う一方で申し訳ない気持ちにもなった。

 咲と環奈の姿が見えなくなってから家に戻り、片付けをする。

 飲み終えたコップを下げ、紙切れが広げられているテーブルの上で改めて紙切れを弄る。

 千誉が解き明かし、姿を現した宝の地図には何の情報もない。

 地図中で情報らしき情報は断片が隠された場所を示す計四つの短い一文。

 しかし、必要な物がこれで全てだとすると考えられる結末は最悪なものになる。

 

 飾る門が交わるそこに宝あり

 

 咲が見せてくれた式門には季節の植物の紋様があしらわれていた。

 飾る門が式門を指し、それが地図中に存在したとするのなら。

 

 綻ぶ春 先祖一人が立ち尽くす 来たる秋を待つのだろう

 流れる夏 緩やかな時は絶えず行く 行く先で春と出会うだろう

 佇む秋 照らす瞳の足元は暗い 視線は冬を映すだろう

 聳える冬 全て見える場所に眠る やがて夏が目を覚ますだろう

 

 安直ながらそれは文の中に含まれた季節を示す漢字以外に考えられない。

 試しに四つの文中に出てくる季節の漢字を季節が流れる順番や同じ季節で結ぶという作業を何度か繰り返すと、二本の線がある地点で綺麗に交わる組み合わせがあった。。

「確かめないとな」

 

 外に出て、帰って行った二人の姿が見えない事を入念に確認してから車の通らない国道を渡る。

 する事のない穏やかな夕暮れ。

 陽は沈み始め、辺りはまだ明るいがどこか物寂しい。

 耳に届く音は風で擦れる木々と遠くで鳴くカラス。

 二本の線の交点は紙切れ同士の隙間あたりで交わり、現実ではこの家に来るまでに一度通って来た道路にあたる。

「ああ…やっぱり」

 その道路は現在、残念ながらアスファルトで舗装されていた。

「どうしたんですか」

 そしてなぜ悪い事は連続して起こるのか。

 声に驚きつつも振り返ると、案の定と言うべきか環奈がいた。

「いや、まあ」

「謎が解けたんですよね」

「…うん」

 そりゃあ千誉が帰ってくるなり謎解きを中断して遊んだんだ。

 怪しまれて当然だ。

「どうして隠したんですか。教えて欲しいって言ったのに。おばあちゃんにこの謎解きの事を教えて夏を終わらせるって」

「そうだったな」

「どんな事だって教えて欲しかった。例え宝が見つけられないという事実だったとしても」

「うん」

「話して」

「…」

「話して!」

「謎は、解けたよ」

 出会ってこんなに感情的になった環奈を見る内に、重いながらも言葉が出てきた。

 全ての手掛かりを駆使して閃いた事とその結末を話す内に本格的に陽も暮れきた。

「それじゃあこの下に?」

「おそらくは」

 夕日を背に立つ環奈の表情が上手く読み取れないが、昼間の深い青と夕暮れ時の茜色が混じり合ったような顔をしているに違いない。

「…そっか。この下に宝物が隠されているのかぁ」

 環奈はしばらく何も話さなかったが、大きな溜息を吐いた後にすっきりしたような声色でそう言った。

「うん。諦めた」

「え?」

「諦めがついたんですよ。いや、もしかしたらずっと諦めてたのかも。だってそうでしょ? こんな田舎に何十年も前に埋められた物が今も残っているとは思えなかったし、残っていてもそう簡単に手に入れられるとも思ってなかった」

 長々と語るその言葉は自分自身が本当に諦めるための言い訳なのだろう。

 同じ目的を抱えた者同士、こんな事を目の前で言われたら怒りたくもなるし、何とかして諦める事を諦めさせたい。

 しかし、環奈が直面している環境に宝を掘り起こす事が出来ないという現実がそれをさせなかった。

「本当に諦めるのか」

「お兄さんだって諦めてるくせに。諦めてなかったら、ダメでも何か言ってるでしょ」

 痛いところを突かれ、反論出来なくなる。

「でも、この下に宝があるかもしれないんだぞ」

「かもなら別にいいかな。不確かな結論でもって無茶をやって、それで当てが外れたら色々と困るし。それにそんな事になったら、それこそ目も当てられない…うん。本当にもういい。予定通り、明日の夕方に発ちます」

「え?」

「決めてたの。一週間。この間に何も得られなかったら諦めて帰るって。だから、本当に、もう、いいの」

 タイミング良く、あるいは悪く、近くにあった街灯が点灯した。

 これまで見えなかったものが見えるようになった。

 例えば声を震わせて言った環奈の顔。

 目尻に涙を湛えながらも晴れ晴れとしたその顔は本当に宝探しを諦めてしまったようだった。

 いつか、清々するよと言った祖母を連想させる顔だった。

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