導かれる結論は
「咲の家の方が近いと思うんだけどな」
「だってここのご飯の方が美味しいでしょ」
ついに本音を漏らした咲に祖母がおかわりはいるかと尋ねた。
「おかわり!」
元気よく答えた咲に祖母が満足そうにおかわりを盛っている。
「旅館の孫娘がそれを言ったらダメだろ」
「家のご飯はなー、店の味しかしないからなー」
決して不味くはいけれど、美味いとも思えないと言う咲と何も言わないが楽しそうな環奈、そしてどこか嬉しそうな千誉と祖母の五人で昼食を済ませると見つけた新たな紙切れについて考え始めた。
「千誉ちゃんは?」
「自由研究」
今日は昼から野菜の生育状況を観察してノートに収めるらしい。
「そっか」
残念そうに言いながら、咲が寝転がった。
もしかしたら千誉と遊びたいのかもしれない。
「千誉と遊ぶ前にこっち片付けるぞ」
「へーい」
すぐに起き上がると、紙切れを広げたテーブルの傍に寄ってくる。
紙切れは既に千誉が解き明かしたように地図の形にしてある。
「飾る門というのは何を指すのでしょう」
「順当に考えれば、紙切れを組み合わせたこの地図の中に門を示す場所があって、それを結ぶんだろうな」
改めて地図を見る。
謎の文章が書かれている以外は何の変哲もない紙切れを組み合わせただけの地図に他の書き込みは見受けられない。
ちょっと移動して空撮を観察してみるが、それらしい場所は見受けられない。
唯一ある特徴と言えば、宝探しを始めるきっかけとなった紙切れに円形の穴が開いているくらいだ。
位置的には花畑がある場所だろうか。
花畑は畑を彩る飾りと見る事も出来るだろうが、しかし、それだけだ。
「この穴は?」
咲も同じ事を思ったのか、穴について言及した。
「これが門だとしても、何と交わってるか分からない」
宝があるのは飾る門が交わる場所にあるのだから、何とも交わらない花畑は外れだ。
「確かに…」
「そもそも必要な情報はこれで全部なんですかね」
「これ以上に必要な物があると逆に困るよな」
紙切れが示す場所に紙切れの断片があった。
断片を組み合わせて浮かび上がった謎を解き、この新たな紙切れが手に入った。
加えるなら、紙切れを組み合わせて宝への地図と思しき物が出来上がった。
持てる物を使い果してしまっている以上、この他に必要な物があったとしたら手の施しようがない。
元を正せば、ナツがいつの日か子供達と一緒に宝探しをするためにこれら紙切れを用意したのだ。
ナツが隠した紙切れの断片が何十年も経った今でも存在している事から、ナツがしっかりと計画を立ててこの宝探しを計画している事は予想が付く。
そのナツが自分達が宝探しに参加できない可能性や子孫たちが飽きてしまう可能性も考えていないというのは考えにくい。
そういう観点から見れば、この他に何かあるというのはあり得ないし、更に言えばそれほど難易度のある謎だとも思えない。
紙切れを組み合わせて地図になるなんて発想も子供からしたら興奮させられるものだから、ここから宝へ行きつくのも難しくはないはずなのだ。
「門と言えばさ、式門だっけ? あれは関係あるのかな」
式門と言えば、東堂がありもしない旧日本軍の秘密兵器を捜しにナツの生家を訪れた際に見つけた門の名だ。
門繋がりとは言え、もしそれが飾る門なのだとしたらナツの家を調べたあの時に宝が出てきても良さそうなものだ。
「そう言えば四季の門が正式名称なんだっけ?」
「私に言われても…あそこに行ったのはあの日が初めてです。祖母が繰り返し語った話にもあの門はおろか、自分の家の事すらあまり出てこなかったような気がします」
「へえ」
となるとやはり式門は謎解きに関係ないのか。
綻ぶ春 先祖一人が立ち尽くす 来たる秋を待つのだろう
何気なく落とした視線の先にあの文章が目に飛び込んできた。
あの日も今も変わらず、何か強烈に惹きつけられる文章。
飾る門。
四季の門。
そしてこの一文。
何か関係はあるのか。
「そう言えばさ、あれから家に帰ったらおじいが式門の写真を見せてくれてさ」
「そうなんですか」
「白黒だけど、あんまりにも綺麗だから持ってきたんだよね」
咲が身に付けていた何を入れるのか分からないくらいに小さな鞄から数枚の写真を取り出すと、紙切れの上に広げた。
写真には式門と思われる門しか映っていなかったが、門の装飾はどれもが植物をモチーフとした紋様があしらわれていて、咲や鉄治が言った通りの素晴らしいものだった。
紋様があるだけで冷たく感情を感じさせない鉄の門が色付き、温かみさえ感じるようになるから不思議だ。
春には立派な桜と梅がどんと構えている。
夏には見覚えのある花にヒマワリが川の近くで咲いている。
この花はカンナだろうか。
秋は神社と共にキキョウと萩。
冬は雪山が描かれていた。
流石に描くべきものがなかったのか、冬には植物らしい物は見られない。
「…」
写真をしばらく眺めている内に何かが引っ掛かっている感覚を覚える。
そしてそれはとても大切な事のように思えた。
何だ。
逃すな。
何に反応した。
血流が早まり、熱を感じる。
視界が狭まり、息苦しさのようなものを覚える。
宝の地図。
断片の在り処を指し示す一文。
式門の写真。
何気ない思考、意味のない雑念、取りこぼした情報。
それらをトレースしろと本能が訴えてくる。
視界が明滅し、圧迫感のあるトンネルを歩かされている気分になる。
門。
結べ。
何と?
四季と。
思い出せ。
夏休みを始めから。
ナツが隠した宝探し。
この家までの道のり。
凹凸入り混じる道路。
…。
もう一度、地図を見つめる。
「…」
暗く、細いトンネルを抜けたような爽快感と共にその先が行き止まりだった時の絶望感。
そんな漠然とした絶望がゆっくりと湧き上がってくる。
「難しい顔してどうしたのさ」
物思いに耽っていると、咲が顔を覗き込んできた。
「いや」
「いやいや。難しそうな顔してるじゃん」
「生まれつき」
この追及をどう躱そうか四苦八苦していると、ただいまと言う声と共に玄関の戸が開かれる音がした。
「千誉が帰って来た。一回、休憩しよう」
立ち上がり、特に用もないけれどトイレに入る。
これは困った。
いよいよ諦めるしかないのかもしれない。
一人きりの空間で大きく、しかし誰にも聞かれないように慎重に溜息を吐いてから水を流してトイレを出ると、目の前に環奈の顔あったのだからひどく驚いてしまう。
「うぉあっ」
思わず声を上げると環奈も驚いたように目を丸くした。
「どうしたんですか」
「まさか人がいるとは」
「順番待ちです」
溜息を吐いた事を知られてはいないか心配になるが、環奈も用を足しに来たのだと知って安心する。
順番待ちと言いつつも環奈が動く気配はない。
そのせいでこちらまで動く事が躊躇われてしまう。
「どうかしたか」
「分かったんですか」
何をと言い掛けて、そんな事を口にすると逆にはぐらかしていると思われそうで、寸の間、返答に詰まってしまった。
「…ああ。宝の事な。簡単に解けたら訳ないって」
だから少しだけ惚けて、それから嘘を吐いた。
「本当に?」
「本当だって」
「だって急に難しい顔をしたから。何か分かったのなら教えて欲しい。夏を終わらせないといけないから」
思わず顔を顰めると、環奈はどういう訳か台所の方へ行ってしまった。
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