ある宝探しの終わりと一つの光明
式口邸というくらいだから名家を資料館のような形で残しているのかと思ったらそんな事はなく、そこにあったのは来る者を威圧するような大きな門とその中には荒れ始めた庭、そして幽霊でも出てくるのではないかと思わせる寂れた廃墟と言っても差し支えないような屋敷が一件ぽつんと建っているだけだった。
「旦那さん…式口詠輔に頼まれて個人的に管理してるだけだしな。その式口詠輔もとっくの昔に死んじまって、それからは式口の家からも何の連絡もないのよ。だから、これは俺が好き勝手にやってる事なんだ」
「やっぱり門番なんだ」
「うるせえ。さっさと済ませやがれ」
鉄治が東堂に蹴りを入れた。
鉄治が狂い咲きの桜の元に姿を現したのを思い出す。
あそこも式口邸の一部と言っていたから、あれは手入れのために訪れたのかもしれない。
一人で管理するにはこの場所は広すぎて、とてもではないが綺麗な状態とは言えない。
それでも荒れていると思わせない雰囲気を感じさせる辺り、相当の情熱を持って管理をしている事が窺えた。
「あの門もな、東西南北にそれぞれ一つずつ建ってんだ」
「通称、式門ですね」
「黙って進みやがれ…まあ、その通りなんだけどよ」
お互いの事情がなければ案外、仲の良いコンビになっていたのではないかと思わせるやり取りではあったが、咲や環奈は東堂を視界に入れないようにしていたし、自分もあまりこの男の声を聞いていたくはない。
どれだけ今の雰囲気が和やかでも自分自身を含め、東堂を好きになれそうにはない。
「どうして通称なの」
唯一の例外は千誉くらいなもので、彼女だけがいつも通りの調子で東堂に接していた。
「式口の式と春夏秋冬の四季を掛けてんだよ」
東堂に尋ねた言葉に答えたのは鉄治だった。
「方向に季節を重ねて、門には季節の植物の装飾を施していたんだ。見る影もないけど、それは綺麗なものだぞ。しっかり手入れできたら良かったんだけど、俺も歳だからよ、あそこまでは手が出んのだわ。っと、脱線したな。詠輔さんは四季の門と呼んでたけどな、いつからか式門って呼ばれるようになったのよ」
「それでどうしておじさんはこの場所に宝があるって思ったの」
「夏 緩やかな時は絶えず 行く先で。見つけた紙切れにはそう書かれていたんだ。巡る四季と不老不死を象徴…」
東堂の講釈を話半分に聞きながら千誉が一瞬だけ後ろを振り返って親指を上げた。
何も話していないのに紙切れの断片が失われて手詰まりになっている事を看破されていたのだ。
加えて、ちょっとした会話から必要な情報を抜き出す千誉の無邪気さを装った話術に感心するどころか、ちょっとした恐怖すら感じる。
我が妹ながら末恐ろしいと思う一方で素直に感謝したい。
おかげでこの男を利用できるだけ利用してやらないと気が済まないと考えられるようになるくらいには余裕が出来た。
「ここに祖母が…」
「ザ・日本だね」
東堂の事を無視するあまり、咲と環奈は千誉の言動には気付かず、東堂と鉄治の話を聞かないで二人で会話をしていた。
その会話を余所に紙切れの事を考える。
夏 緩やかな時は絶えず 行く先で
それこそが失われた紙切れが導く紙切れの断片の正体だった。
環奈が見つけた「行く 春と出会うだろう」と書かれた断片。
狂い咲きの桜に眠っていた「流れる」とだけ書かれた断片。
流れる夏 緩やかな時は絶えず行く 行く先で春と出会うだろう
これまでに手に入れた紙切れの断片を組み合わせるとこんな文章になりそうだった。
それこそが新たな謎の全文。
そして最後に一つ残った手掛かり。
二人にこの事を話したらどんな顔をするだろう。
驚き、そして喜ぶんじゃないか。
その様子を想像すると、存外、東堂を許してしまっても良い気がしてくる。
「いやいや。それは優しすぎるか」
「え?」
「何でもない」
この男は鉄治が大切に守り続けてきた約束を燃やした挙句、人間の尊厳を踏みにじり、結果として一人の人間の人生に取り返しのつかない汚点を残させようとした。
許すなんて寛大な処置が下せるとは思えない。
そう結論付ける頃には屋敷の周囲の調査は終わり、これから屋敷の中に入ろうという事になっていた。
鉄治と式口家がどういう関係だったかとか、旧日本軍がどんな研究をしていたのかなどを千誉が絶え間なく質問し、それに鉄治が一つ一つ答える間も衆人環視の元で東堂があれやこれやと調査をしたが、芳しい結果は得られなかった。
「か、隠し部屋があるかもしれない」
屋敷内部をぐるりと一周し、庭中を探し回っても何も出てこなかった東堂がそう言い出して壁や床の隅々を調べるのに付き合っても、結局は何も出てこなかった。
そろそろ約束の一時間が経とうとしていた。
「おかしい。おかしい! この僕が間違っているはずがない!」
「だから何もないって言ってんじゃねえか」
怒りを通り越し呆れたように鉄治が言うと、東堂が露骨に顔色を変えた。
「何を隠しているんだ!」
余裕をなくした東堂が鉄治に掴み掛って責め立てる。
これに対して鉄治が二度目の頭突きを東堂に繰り出すと、東堂は頭を抱えて自分の運のなさを嘆き始めた。
見苦しい。
こんな大人になるまいと改めて思った瞬間だった。
「ねえおじさん」
頭を抱えながら、どうして何もないんだと病的に呟き続ける東堂に千誉が立ちはだかった。
「分かったでしょ。ここには何もないんだよ。不老不死の人間兵器も旧日本軍が研究したものも何もないんだよ。ここはね、咲ちゃんのおじいちゃんが何年も大切に管理している場所なの。宝の手掛かりの紙切れだって誰かにとっては大切な物なんだよ。お兄ちゃん達が探す宝はね、おじさんには見つけられないんだよ」
誰よりも事情を知っているような口振りで千誉が言った。
「まだだ」
それでも東堂は諦めずに言った。
「確かにあるはずなんだ。不老、不死の」
「人間兵器?」
東堂の言葉を横から掠め取って千誉が言った。
「あったとしてどうするの? 約束したよね。もう時間だよ」
「そんなの無効に決まってる。子供とした約束なんて」
「最低」
軽蔑するような口調で言うと、かっとしたのか、東堂が千誉をはたいていた。
そこまでするつもりはなかったのか、勢い余って尻餅を付いた千誉を見て東堂が狼狽した。
「あ…その、これは…ああ、どうして」
それでもやってしまった事をやり直す事は出来ず、それがきっかけで咲と鉄治が爆発した。
「何してんだ! このふにゃちん野郎!」
咲が千誉を抱きかかえながら口撃し、その間に鉄治が東堂を殴っていた。
「子供に手を挙げる奴があるか馬鹿野郎!」
「だ、大体、僕の車を壊したのはお、お前達じゃないか!」
「仕方ないよ」
顔をさすりながら千誉が言った。
「だって咲ちゃんのおじいちゃんがここに来た時に不審者が現れたんだもん。驚いて持ってた斧を投げちゃったんだよね。それにおじさん、誰の許可を貰ってお屋敷に入ったの? 私達は咲ちゃんのおじいちゃんから許可を貰ったよ。そうだよね、お兄ちゃん」
「ん」
話を振られ、下手な事を言わない方が良いと判断して曖昧に頷く。
「だ、だって調べても良いって…」
「子供とした約束なんて無効なんでしょ」
咲の手から離れ、立ち上がると千誉は東堂に向き合った。
「多数決って怖いよね。皆が白って言えば鴉だって白色なんだよ」
サディスティックに笑いながら千誉が続けた。
「それじゃ、警察、呼ぼっか? 弁護士の方が良い? どっちにしてもおじさんはこれ以上何も出来なくなっちゃうね。ずっと誰かに監視されて生きていくよね。それで良いのかな」
この状況で口裏を合わせられたら自分に勝ち目がない事を容易に想像出来てしまったのか、東堂は口をパクパクさせながらも何も言えずにいた。
傍から見る分では分からないが、千誉には東堂の背後にある何かが見えているのだろう。
それすらも織り込んで脅迫していく姿に東堂はどんどんと萎縮していく。
「おじさんにも大切な人がいて、その人のために何かしたい事はあるんだろうけど、ルールは守らないとね。約束も守らないとね」
「あ、あ、あああ」
「それで、なんて約束したっけ?」
ここまで来ると悪魔にしか見えてこない妹に恐れをなした東堂は縋るように鉄治を見つめる。
「ぼ、僕は…捕まりたくない」
「咲達が決めろ。俺としては約束を守ってくれるんなら…な?」
あまりの情けなさに呆れたのか、鉄治は頭を掻きながら困ったように咲に視線を向けた。
「えっと、どうしよっか? ナッちゃん次第、かな? だってナッちゃんのおばあちゃんが…」
千誉の変貌ぶりに困惑しているのか、東堂が不憫になってしまったのか、咲も困り顔で環奈に丸投げしたが、環奈は東堂と真正面から向き合ってぴしゃりと言い放った。
「私、貴方の事を許しません。忘れもしません。でもあまりにも不愉快なのでするべき事をしさえすれば、ここであった事を忘れてしまうかもしれません」
ナツと名乗っていた頃は演技でもするように身振り手振りがどこかしおらしさがあったが、 環奈と本名を明かした今はその様子は影を潜め、代わりに力強さが滲み出ていた。
何かを天秤にかけるように東堂の視線が揺れると、やがて眩しいものでも見るように環奈を一瞥して、それからそこにいる皆に向かって土下座をした。
「わ、悪かった。僕が悪かった。いや、正直、悪いと思ってない。これでもまだ足りないくらいだと思ってる。妹を…」
一度、言葉を切った東堂だったが、それでも最後は形式だけでも謝罪の言葉を口にした。
「いや。本当にすまなかった」
すっと立ち上がると東堂は走り去って行った。
ややあって妙に大きなエンジン音が聞こえるとその音は徐々に小さくなっていった。
あれで車が運転できるのは、彼にとってこの上ない幸運に違いなかった。
辺りが静まり返ると、鉄治が大きな溜息を吐いた。
「しらけちまったな」
「本当に何だったんだろうね、あの男」
咲が同調を求めるように言ったが、環奈は何も答えなかった。
掻き回すだけ掻き回して、結果だけ見れば何もしなかったどころか危うく宝探しを断念しなければならない寸前まで追い込んで消えて行った東堂。
妹を。
そう言って、次にどんな言葉を続けようとしたのか今となっては分からない。
難病がきっかけで家族がオカルトな話に依存し始めると言う話はよく見聞きするが、あの男にもそういった事情があったのかもしれない。
見方を変えれば環奈だって似たようなものだ。
それでもやって良い事と悪い事は確かに存在して、今回はたまたま前者を環奈が、後者を東堂が取っていたに過ぎない。
だとしても、やっぱり東堂という男を好きにはなれそうにない。
その事を誰もが思っているのか、問題が無事に解決した後でも盛り上がるという事はなかった。
各々が重い足取りの中、千誉だけがやはり普段通りだった。
それどころか、良い事をした後のように軽く、愉快そうな足取りだった。
その姿を見て、ある疑問が頭に浮かぶ。
「どうしてここに宝がないって分かったんだ」
東堂が知り得た情報では宝へ辿り着く可能性は低かったが、まぐれで真相に辿り着いていた可能性だってあった。
それなのに千誉はどうしてその可能性を否定できたのだろう。
「私、分かっちゃったんだ」
「何を」
「宝探しの謎」
千誉の言葉に一同は沈黙し、それからわっと盛り上がった。
「え、嘘でしょ!」
咲がわざとらしいくらいに驚き、環奈はえっと呆然と言っている。
鉄治は目を丸くして千誉を見つめている。
皆の注目を集める事に快感を覚えたのか、千誉が不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、答え合わせしよっか」
その笑みは自分の考えが間違いようのない事を信じ切っている事を物語っていた。
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