二人を追え
血相を変えた咲を落ち着かせようとするが、簡単には落ち着かず、急ぐように咲が語り出した。
「帰ったらおじいがいたんだ。宝は見つかったかって聞かれて、それでさっきの事を話したの。その時は何でもなかったんだけど、気が付いたらどっかに出掛けちゃって! そうだよ! 早く捜さないと!」
「落ち着けって」
話す内に興奮してきたのか、最後の方は立ち上がって話す咲を何とか座らせる。
鉄治は東堂がいる場所に向かっている。
東堂は全貌も分からない紙切れの中身に従って動いているはずだ。
丁寧に考えて行けば目的地に辿り着けるはず。
「落ち着いてられないよ! だってこのままだとおじいが人殺しになっちゃう!」
思考が急停止した。
「は?」
「宿の入り口に斧が置いてあるのは知ってるでしょ」
東堂を追い返すのに鉄治が持ち出した斧があったのを思い出す。
「なくなってたの! あんなの持ち出すのなんておじいくらいしかいないよ」
「警察には?」
「取り合うはずないじゃん。田舎だよ? パトロールを強化しますでお終い。交番のおまわりがパトロール強化したって意味ないじゃん」
テンプレートな対応で思わず流石だなと思ったが、感心している場合ではなかった。
これで東堂が死んだらざまあ見ろと思う一方で宝探しの結末としてはいよいよ最悪なものになる。
「行き先に心当たりは?」
「あったらここには来ない」
「環奈は?」
「先におじいを探してもらってる。私の方が速いからあんちゃんを呼びに来たんだ。お願いだよ、助けてよ」
「当たり前だ」
この結末をナツ本人が知ってしまったら、いよいよ救いがなくなってしまう。
何とかして鉄治か東堂のどっちかを見つけないと。
さっさと出発しなという祖母の言葉が思い出されたが、今は動けない。
人の命が掛かってんだ。
失敗は出来ない以上、考えてから動かなくてはならない。
「東堂はあの紙切れを見てどこか目星を付けていた…」
紙切れの一つ一つが新たな紙切れの断片への道しるべとなっているのは間違いがない。
綻ぶ春 先祖一人が立ち尽くす 来たる秋を待つのだろう
佇む秋 照らす瞳の足元は暗い 視線は冬を映すだろう
聳える冬 全て見える場所に眠る やがて夏が目を覚ますだろう
これまでに見つけた紙切れとその先で見つけた紙切れの断片の内容を思い出す。
流れるとか春と出会うとか、どれもそれだけで意味があると思えない。
東堂が手にしたのは紙切れの二行目にあたる箇所だ。
つまりは謎の核心を突く文章が書かれている一方でそれが謎の全てを示す訳ではない。
謎は前後の文章があって初めて行き先を示すのだ。
「…東堂は間違った場所に行っている?」
だとすると東堂はどこに行った。
東堂は何をしにここに来た。
「…不老不死の人間兵器」
雑誌のネタにでもするつもりなのか、初めて会った日にあいつはそんな事を言っていた。
それが関係しているのか?
「え?」
冷静を装いながら必死に頭を働かせているせいか、次々に様々な思考が駆け巡る。
その中で一つの仮説が浮かんだ。
旧日本軍の機密だとか言っていたが、今にして思えば兵器でも何でもない。
あれはナツの事を言っていたのではないか。
ハイランダー症候群とか言ったっけ。
年を取らず、外見はいつまでも若々しくいられる奇病。
不老不死と言われても不思議ではない。
式口の家は無理を押し通す事が出来るくらいの権力があるという事を環奈が言っていた。
東堂の口振りを思い出せ。
思い出すだけでも胸糞悪くなるが、それでも構わない。
思った通りだと言っていた。
当たりと付けてこの村を訪れ、村中を探し回り、紙切れを奪って得た新たな紙切れの断片を見てそう言った。
不老不死の人間兵器に関する情報を求めてやって来た末での思った通り。
東堂が見つけた断片に書かれている内容を知る事は出来ないが、少なくても自分に都合が良さそう事が書かれていたのだ。
でなければ、あんなに興奮はしないだろう。
勝手な妄想だが、時間とか静止とかとういう内容が書かれていたんじゃないだろうか。
「咲」
「は、はいっ」
急に話し掛けられて驚いたのか、咲が素っ頓狂な声を上げた。
「咲のじいちゃんは何か言ってなかったか」
「えっと…」
「思い出してくれ」
急に話を振られて困惑した様子だったが、それでも咲は何とか思い出してくれた。
「秘密…俺達だけの秘密…そんな事を言ってた気がする、かな」
「他には?」
「急に言われたって困るよ! 何か分かったの?」
「もう一つだ。もう一つ聞かせてくれ。昔、式口ナツが昔どこに住んでたか聞いてないか?」
「え? それなら一緒に行ったじゃん」
「は?」
「狂い坂の桜のある場所。あそこ式口邸っていう場所の一部だよ」
「それを先に言え!」
間違いなくそこじゃないか。
「そんなに怒んなくても良いじゃん」
「行くぞ」
気持ちが急いているのか、自分でも驚くほど迅速に行動を起こしていた。
「待って。ナッちゃんに教えるから」
咲は懐から端末を取り出すと環奈に電話を掛けていた。
電話する咲は先程の泣き出しそうな顔とは打って変わっていつもの自信を湛えた顔になっている。
「先に行く」
咲は電話をしながら親指を立ててきた。
大して速度の出ない自転車を必死に漕いで、狂い咲きの桜がある場所へ向かう。
途中で後ろから来た咲に追い越されながらも目的の場所に到着すると、石段の前には自転車が二台留められていた。
石段を登り、桜の前を通り過ぎると御堂が見えてくる。
ここからどこに向かえば良いのか分からないままに周囲を見渡すと、御堂の横に少し不自然に背の高い草が踏まれたような跡があった。
誰かがそこを通っているのは間違いない。
雑草に撫でられて全身が痒くなりながらも進むとやがて整備された道に出る。
目の前には見覚えのある車があり、バンパーには斧が突き刺さっていた。
絶句するが、ここからでも聞こえてくる口論の声がここで立ち止まっている場合ではない事を知らせてくる。
式口と言えば登戸研究所設立時に大きく貢献したと言われているそうじゃないですか。
その式口の家に昔から奉公していたのが船坂。
つまり貴方だ。
へらへらとして粘性のある言葉に不愉快になりつつも声のする方へ足を動かしているとやがて鉄治の姿が見えてきた。
「うるせえ! どうして燃やした!」
東堂は鉄治に胸倉を掴まれていて、どんな表情をしているのは定かではないが、きっと勝ち誇ったような顔をしているに違いない。
「あの秘密は僕が世間に公表する。僕は英雄になる」
「どんな秘密なのかも知らないくせに出しゃばるんじゃねえ!」
「その秘密はここに眠っている。それを暴かれるのが怖いから脅しに来たんでしょう。そう。貴方は門番なんだ!」
胸倉を掴まれ、話しづらいだろうに東堂は淀みなく話し続けている。
声色にうっとりとしたものが混じっている。
「だからそんなもんはないんだっつてんだろすっとこどっこい!」
大して鉄治は燃え盛る炎のような怒りを隠そうともしないが、自分に酔ってしまっている東堂には効果がない。
成り行きを見届けるように環奈と咲が二人から少し距離を取って立っていた。
咲がこちらに気が付くが、意味深に首を横に振った。
この場所を調べれば不老不死になる方法が見つかる。
紙切れを燃やしたのはどうしてだ。
これでようやく希望が見えてくる。
人様の秘密をほじくり回してどういう魂胆だ。
どこか狂ってしまった歯車のように、まるで噛み合わない二人のやり取りに割って入るのは躊躇われた。
どんな目に遭うか分からない。
どんな行動を起こすのか予想できない。
下手に刺激して最悪の結末になってしまうのが怖い。
そんな考えから、足がすくんでしまっていた。
「僕はただ苦しむ顔が見たくないだけなんだ!」
自分の言葉で更にヒートアップした東堂が遂に鉄治に掴みかかった。
反撃に出られると思ってもみなかった鉄治が思わず手を放すと、体勢を崩した東堂の手が鉄治の顔を掠めた。
頭に血が上った鉄治は顔を真っ赤にして、再び東堂に掴みかかる。
「どうしても旧日本軍が残した不老不死の人間兵器の秘密を暴かなくてはならないんだ。どうして邪魔をする!」
「何遍も言ってんだろ! そんなものはないし、あってもナツの秘密をどこの馬の骨とも分からねえ奴に暴かせたりはさせねえ!」
「ナツ! 式口詠輔の娘の名だ! やっぱりここには!」
「好きなだけ調べさせてあげたら良いよ」
怒号と哄笑の入り混じる中、そんな声が聞こえた。
変声期直前でありながら妙に艶のある声は男達が上げる狂気の中に圧倒的な存在感をもって割り込んできた。
その場にいた全員が思わず声の方を振り返ると、そこにいたのは千誉だった。
千誉の姿を見て、これまでに聞いた事のないような声を出している事を知ると途端に鳥肌が立った。
「好きなだけ調べさせてあげたら良いよ」
妖しいという表現が似つかわしい笑みを浮かべながら千誉が再び言った。
光と陰の微妙な関係で浮かび上がった笑みは何かに憑かれたようにも、微笑ましいものを見ているようにも見える。
「まさか式口ナツ!」
「なわけあるか!」
あまりに興奮したために声を震わせる東堂の一言に限界が来た鉄治が頭突きを繰り出すと東堂は衝撃のあまりその場に崩れ落ちた。
気を失ったのか、東堂はピクリとも動かない。
「誰だてめえ…ん? おめえらも何してんだ」
ようやく周囲の状況を認識できるようになった鉄治が聞いてくる。
「おじいが斧持って出かけたから捜しに来たんでしょ! 人殺しとか止めてよね。ナッちゃん、お婆ちゃんのためにここにいるんだから。もう少し考えてよまったく!」
「お、おう」
正論を真っ直ぐにぶつけられてたじろぐ鉄治はそれでも千誉が気になる様子だった。
「千誉」
「ん」
「好きなだけ調べさせれば良いってどう意味だ」
「そのままの意味だけど」
「何で…」
「何で? お兄ちゃん達は宝探しをしていて、そこのおじさんは悪い人なんでしょ。それで悪いおじさんはここを調べたい。そして咲ちゃんのおじいちゃんはあの紙切れを燃やされて怒ってる。そしておじいちゃんはここには何もないと思ってる。だったらさ、おじさんに好きなようにやらせて何も出てこなかったら咲ちゃんのおじいちゃんに土下座でもさせれば良いんじゃないの? ついでに一発ぶん殴るとかすればおじいちゃんも気が晴れるんじゃない?」
これ以上にシンプルな解決方法があるなら逆に教えてくれと言いたげな顔で千誉が簡単そうに言った。
「…確かにな」
すっかり怒りが霧散してしまった鉄治も千誉の言葉に納得してしまっていた。
当事者であるはずの自分達三人を蚊帳の外に置いて話が進んでいく内に東堂が身を起こした。
「おじさん。どうしてここに来たの?」
ここで変に大人ぶると面倒臭いという打算が働いているのか、千誉が子供っぽい口調で東堂に問い掛けた。
「え、あ、ああ。旧日本軍が研究していたという不老不死の人間兵器が」
「だから!」
口に人差し指を当てて、静かにしましょうねと小さい子に言い聞かせるような仕草をする千誉に鉄治が唸り声を上げながらも口を閉ざしたのを見て咲が舌を巻いた。
「不老不死? の人がいるんだ。そっか。凄いね。私ね、お願いしておじさんがここを好きに調べても良い事にしたんだ」
「は?」
「だから好きなだけ調べていいよ。その代わり一時間だけだよ。それから盗んだり壊したりしたらいけないから私達が監視するね。あと、何も出てこなかったら咲ちゃんのおじいちゃんに謝って、それですぐに栗岡村から出て行ってね」
突きつけた条件が思った以上に厳しめだったが、好きに調査が出来る事に東堂は二つ返事で頷いた。
「千誉ちゃん、何を考えてるんですか」
環奈が口を開いたが、それを聞かれても困る。
こっちだって千誉が何を考えているのか知りたいくらいなのだ。
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