諦念

 最後の希望であった紙切れを奪われた挙句、そこに眠っていたはずの新たな紙切れの全容はもう分からない。

 今度こそ手掛かりの全てを失ったという事実に打ちのめされてしまった。

 宝探しは出来ない。

 ナツは壊れたまま、この先も環奈を苦しめる。

 その事実に愕然とするばかりで怒りすら湧いてこなかった。

 誰も何も言わない。

 鉄治に合わせる顔がなく、自然と祖母の家に足が向いていた。

 だらだらと行く道中の陽射しが自分を責め立てるようで苛立たしい。

 見知った道、馴染みある場所に向かっているはずなのに、どこに向かっているのか、いつになったら辿り着くのかも分からなくなっていた。

 それでもいつかは目的地には到着してしまうもので、敷地に入って自転車を降りる。

 キックスタンドを立てたが、自転車が倒れてしまった。

 むしゃくしゃして思わず自転車を蹴り飛ばすと、環奈が肩に手を置いた。

「…分かってるよ」

 千誉と祖母の姿は家の中には見えない。

 いつもの流れで環奈と咲に麦茶を出してやると途端に何をすれば良いのか分からなくなる。

 無言のまま無心のまま何をするでもない。

 籠る熱気を打ち払うように扇風機の風がやって来るが、それもすぐに去って行く。

 さっきまで自分達を応援するような熱気は今や気力の全てを奪って行く根源になりつつあった。

 これではいけないと思い、スマホで撮った最後の紙切れを改めて眺める。

 それからそれをノートに実寸大を思い出しながら書き起こした。

「もう止めなよ」

 ぼそりと咲がぼやく。

 意味のない行為だという事は分かっている。

 自然な成り行きなら諦められたかもしれない。

 それでも諦めきれなかったのはこれが人為的な原因によるところが大きい。

「もう、帰る」

 頭の中で浮かんでは消えるたらればに気付かないふりをしながらペンを走らせていると咲がぽつりと零した。

 その言葉も聞こえないふりをして手を動かす内に紙切れは完成した。

 材質が真新しいノートの一部である事を除けば鉄治から託された物と変わらない。

 出来上がった紙切れを見て、紙切れを投げ飛ばした。

 やっぱり止めておけば良かった。

 この先には何もないという事を思った以上に見せつけられた。

 畳の上に空のなったグラスが置かれているのを見て、咲と環奈が本当に帰ってしまったのだと気付く。

 ゴミと化した紙切れに帰ってしまった仲間達。

「これで本当に終わりか」

 作ったばかりの紙切れを見つめて呟いた言葉が頭の中をぐるぐると周回する。

 倒れ込むように寝転がると、足が机にぶつかった。

 空になったグラスが振動で机から落ちると、割れこそしないものの僅かに残った液体が畳に乗った。

 巻き込まれたのか、麦茶の上を虫が仰向けで浮いている。

 その様子を見て、本当に終わってしまったのだと思った。

 悪い時には悪い事が重なるようだ。

 ぼんやりと天井を見つめる。

 すっかり黒ずんだ天井と古ぼけた電球の傘。

 電球の下をどこからか入り込んできた虫が行ったり来たりしている。

 ぐるぐると同じ場所を行き来し、力尽きたのか最後には麦茶の上に落ちた。

 もう見つける事の叶わない宝とこれ以上は会う事もないであろう仲間達。

 何かしたいと思い始めた宝探しは何かを成す前に終わった。

 あの虫は、あるいはこの虫は何かを成し得たのだろうか。

 宝探しと称して田舎を駆け巡った日々は一人の男の手によって台無しになった。

 虫が顔近くを旋回する。

 煩わしくて、両手を合わせてそれを潰した。

 左手に付着した虫を指で弾く。

 死骸がどこに落ちたのかは分からない。

 目障りな飛行物体のいなくなった天井を見て、自分が潰された虫けらになったような気分になる。

 だとすると自分を殺した遠藤基という人間はさながら東堂か。

「あ―あ。何すっかな…止めだ止めだ」

 こんな事を延々と考えても埒が明かないし、面白くもない。

 千誉の様子でも見に行くか。

 普段ならスマホを弄って暇を潰すはずなのに、こんな考えが思いついてしまうのは誰のせいだろう。

 こんな考え方をしてしまう辺り、こんな夏休みでも得られるものはあったらしい。


 外に出ると日光が敵意剥きだして周囲を照らしつけている。

 畑では帽子を被って首からタオルをぶら下げている千誉と祖母の姿があった。

「帰ってたんだ」

 おかえりと暑さをものともせずに言う千誉を見て、少しだけ気が楽になった。

 つまらない屋内で籠っていたのも悪かったのかもしれない。

 二人はトマトを獲っている最中だった。

 近寄り、手を伸ばす。

「あっ」

 千誉が悪者を見つけたかのように声を上げた。

 まだ午前中だ。

 残された時間をどのように過ごそう。

 そう考えた所で何も思い浮かばない事は目に見えている。

 ヘタごとむしってシャツで擦る。

 案外、何もしないっていうのも有意義な過ごし方かもしれない。

 そうすれば面白くなくとも不快な気持ちにもならずに済むのだから。

「…はずれか」

 齧り着いた赤い実はよく見ると緑色がちらほらと混じっている。

 酸味が強く、食べるにはまだ早かった。

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