失われたもの

 やる気に満ち溢れていた。

 快晴の空模様は紙切れを取り戻して東堂を懲らしめろと言わんばかりにカンカン照りの日差しでもって応援してくれた。

 それでも結果が伴わない時というのはある。


 狂い咲きの桜の方へ行くのとは逆方向。

 延々と続く坂道を汗だくになりながら自転車を漕ぎ、小さな山の山頂に辿り着くと車が雑に 駐車されているのが見えた。

 あいつがいる。

 間に合う。

 確信して痛む肺を無視してペダルを踏む。

 村全体が一望できるくらいに開けた場所に出ると、そこに東堂がいた。

 岩に腰掛ける東堂の手からは火が噴いていた。

 何かを燃やしている事は明白。

 東堂がこちらに気付くと、燃える紙切れを手放し、さようならとでも言うかのように手を開いて軽く振った。

 先行していた咲が地面にへたり込んでいるのが分かって、何を燃やしたのかまで分かってしまった。

 そこかしこに掘れて穴になっている箇所が無数にあり、人為的に折ったのだと分かる木々の枝が散乱していたから、ついさっきまで宝への手掛かりを探していたのだろう。

 懐に手を入れて煙草を取り出すと持っていたライターで火を付けた。

 深々と煙を吸って気持ち良さそうに吐き出す。

「思った通りだ」

 東堂が笑った。

 目的の物が手に入ったから。

 宝へと通じるヒントを自分が独占したから。

 それらがあまりにも愉快なのか、言葉を重ねるごとにその声量が大きくなっていく。

「このネタは俺だけのものだ。ガキなんかにくれてやるものか! これが手に入れば…これさえあれば!」

 歓喜の声を上げた東堂は指で弾くように煙草を捨てると笑い声を上げながら立ち上がった。

「これで全て元通りだ。これでようやく…」

 執念とも気迫ともつかないこれは狂気か。

 雑誌記者という以外に東堂の事は何も知らない。

 環奈のように事情があるのかもしれない。

 それでもこれまでの行いは好ましくないし、この瞬間のこれに至っては許されるとも思っていない。

 それでも歪んだ笑みを見て動けなくなった事は確かだった。

 どんな目に遭うか分からない。

 そんな恐怖が足をすくませた。

 ぶつぶつと独り言を呟きながら、動けずにいる咲を路傍の石のように見下しながら素通りする。

 自分の隣を通り過ぎ、最後にこの場所に到着した環奈を押しのけて去って行った。

 ここでの一連の流れの欠片も知らない環奈は咲の様子を認めるや咲の元に駆け寄って背中をさすった。

 元は静かで見晴らしの良いはずの場所は今や見るも無残な状態に成り果てた。

 あの咲が呆然とへたり込んでいる。

 宝への道が閉ざされた。

 これら全てを東堂という、どこの馬の骨とも知れぬぽっと出の脇役くらいにしか思ってなかった男がやったのだと思うと、一周回って怒りも湧いてこなかった。

 絶望。

 無常。

 いや。

 無情。

 もどかしい苦しみの名前を知ると、ぽっかりと胸に穴が開いたような気がした。

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