独白
祖母は若いんです。
母も若いですけど、それ以上に若いんです。
今みたいに姉妹に間違われる事もしょっちゅう。
でも、歳はテツさんと同じ。
今年で八十五です。
信じられます?
八十五歳のお婆ちゃんなんですよ。
成長がある時で止まって、それからずっとその歳の姿のまま。
時々、テレビで嘘か本当か分からないような番組をやってますよね。
ハイランダー症候群。
祖母の病名だそうです。
お兄さんのお祖父さんが遺した日記には詳しくは書かれていませんでしたけど、テツさんもノブさんも事情は知っているはず。
この病気を研究するため、祖母は栗岡村を去りました。
式口のお家ごとですね。
行き先はアメリカだそうです。
終戦の頃だったそうですが、その当時に敵国に行くなんてあり得ませんでした。
それでもアメリカに行く事が出来たのは式口のお家がそれなりの事が出来たからです。
沢山のコネクションとお金を使ってアメリカに行きました。
当時はもう一生、日本に帰る事はない。
その覚悟で海を渡ったと聞いています。
そして研究は始まりましたが、結果は分かりますよね。
今もって結果らしい結果は得られていません。
どうにか何とかというたんぱく質が関係しているんではないかという事がぼんやりと分かって来た程度だそうです。
脱線しましたね。
話を戻しましょう。
さっきも言いましたけど、あの写真を撮ったのは今年の始め。
姿はおよそ七十年、あのままです。
それでも人間というのは不思議なもので歳を取ります。
いつまでも子供のままいられないのです。
心は他の人達と同じように歳を取ります。
若い肉体に老いた精神。
人によっては不老不死だと言って羨ましがりますが現実はそう甘くありません。
自分だけが取り残された気分。
いつだったか祖母がそう言っていたのを今でもよく覚えています。
年老いて行く友人。
その一人一人が少しずつ減っていくのです。
相当なストレスのはずだとお医者さんは言ってました。
そして三年前です。
祖母が壊れ始めました。
壊れるだなんて人間に使うには不適切かもしれませんが、その姿を目の当たりにした私にはその表現しか使う事が出来ません。
突然、叫び出しました。
ノブ、テツと言いながら手を伸ばして辺りを彷徨うのです。
徘徊と言うそうですが、祖母は彷徨っていました。
きっと過去と現実がごっちゃになったのでしょう。
いくつもの時代の友人が同時に見えているようでした。
時には一人の人に対して過去と現在の二人分の姿が見えているんじゃないかと思わせる時もありました。
しばらく空想の彼、あるいは彼女と談笑をして、その友人が祖母の頭の中から消え去ると祖母は涙を流します。
それからはっと我に返ると私を呼び出して昔の話を始めます。
語るのはいつだって栗岡村でテツさんとノブさんと過ごした日々の事でした。
疲れたと言うまで昔の話を続けると祖母は眠ります。
眠りから覚めると祖母は若返ります。
若返ると言えば聞こえは良いですが、実際は退化でしょうね。
そうです。
記憶が、精神がこの場所で過ごした当時の祖母になってしまうのです。
娘である母や孫の私をドッペルゲンガーでも現れたかのように振舞うのです。
この時の祖母には栗岡村を去った後の記憶が失われます。
それから今という時間が祖母の思っている以上に未来である事を知ると全身に苦痛が走るのかその場でのた打ち回ります。
薬で落ち着かせてようやく祖母は戻ってきます。
正気に戻った祖母はぽつりと言います。
夢を見たと。
テツとノブちゃんと過ごした宝物の夏。
その時の日々を夢に見たと言うのです。
母はよく泣きました。
私は泣きこそしませんでしたが、ただ悲しかったです。
祖母の事は好きですが、こんな人が肉親だと思うと悲しいのです。
自分の魂を削って昔を懐かしむだけの日々を送る祖母を見ていられませんでした。
今を生きているはずなのに、祖母の目は過去しか映しません。
終わりにしたい。
いつからかそう思うようになっていました。
どうしたら祖母は治るのだろうと考えました。
そして思い出したのです。
いつの日か子孫と共に探すために宝を埋めたという事を。
もし私が宝を持って祖母に見せれば、祖母が苦しみながら見る幸福の日々が終わるのではないかと、そう思ったのです。
宝物を見せれば、今という時間を正しく認識してくれるのではないかと思ったのです。
祖母の夏を終わらせる。
それこそが私がここにいる意味です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます