川遊び

 千誉が乗る自転車の準備を終えて戻る頃には洗い物はとっくに終わっており、咲と祖母が談笑していた。

「そういう訳だから、リサイクルって意外と環境に優しくないんだって。あ、ばあちゃん。それじゃ行ってくんね」

「良かったら晩もおいで。夕方から雨が降るかもしれないから気を付けなね」

 どういう訳か聞いてみたい締めの言葉だったが、咲が会話を終えて立ち上がるとナツも千誉も揃って立ち上がってしまい、何となく出発する雰囲気になってしまった。


「すっかり気に入られたな」

 あの祖母が孫と同じくらい甘い顔をするのを目の当たりにする日がこようとは思ってもみなかった。

「そう? 周りの爺婆もあんな感じだけどな」

 だとしたらそれはもう才能だ。

「千誉ちゃんは来年、中学?」

「そうだよ。あんちゃん。この自転車ボロい」

「それが一番まともだ。我慢しろ」

 この暑さの中、これ以上面倒臭い事はしたくない。

「それじゃあ交換しよっか」

「良いの!」

「良いの良いの。あんちゃん、漕ぐの遅いから逆に疲れちゃうんだよね」

 そう言うと咲は少し先に進進んでから自転車を降りた。

「悪かったな」

 午前の何倍も暑い中をろくに速度の出ない自転車で進む内に咲も千誉も口数が少なる。

 汗で背中に張り付くシャツ。

 少し向こうでは道路が揺らいでいる。

 うだるような暑さの中を気まぐれに吹く風を頼りに進む事の何と辛い事か。

 だからだろう。

 川に着くと、千誉と咲が揃って裸足になって川に飛び込んだ。

 お互いに水を掛け合ってはしゃいでいる。

「気持ち良い!」

 他人がいる前では大人ぶりたい年頃の千誉がきゃっきゃとはしゃいで川に飛び込んでいるのだから相当な暑さだ。

 この中で釣りをするくらいなら、川に飛び込んだ方が楽しいのは目に見えているのか、釣竿と乾いたバケツには誰も触れない。

 硬い小石の群れの上に座り、足だけを水に晒しているとナツが近くに寄って来る。

「お兄さんは飛び込まないんですか」

彼女は座りこそしないものの、足を水に浸けている。

「ナツさんこそ」

 スマホを取り出して言うと、ナツは納得したように頷いて、それからワンピースの裾を摘まむ。

「私は濡れると…ね?」

 恥じ入るように言われると悪い事をしでかしてしまったような気になる。

 笑いながら水を掛け合う二人に対して、こちらに会話らしい会話はない。

 ナツはこちらに背を向けてじっと空を見つめていた。

 川辺に真っ白な装いの少女が空を見上げる様が妙に映えているせいで、釣られるように視線が上を向いた。

 たるんだ空気のその先に広がる空は深い。

 夏の空だ。

「暑いな」

 独り言なのか、あるいはこちらに向けて放った言葉なのか判断できないくらいの声色でナツが呟いた。

「そりゃあ、夏だから」

 独り言だったのか、ナツがはっとこちらを振り返る。

「そうですね。夏は暑いと相場が決まっています」

「どうして宝探しを?」

 今なら聞けるだろうかと思い、思い切って聞いてみた。

 返って来たのは涼しげで物憂げな笑みだった。

 何も答えず、ナツが再び背を向けて空を見上げた。

 その笑み見て、唐突に祖父の葬儀の事を思い出した。

 通夜の日、祖母が清々するよと微笑を浮かべて言ったのがやけに記憶に残っている。

 その時の祖母が親戚の思い出語りの輪から外れて一人でじっと外の景色を見ていたあの姿と今のナツの姿が重なった。

 どうするのが正解なのだろう。

 当時は何かしたいと思っても、結局は何も出来ずに見て見ぬ振りをした。

 黙って見つめていれば良いのか。

 気の利いた一言でも掛ければ良いのか。

 今も当時と変わらずにどうする事も出来ず、助けを求めるように視線を咲に向ける。

 視線に気が付くと咲が手を振り、水を掻き分けてきた。

「あんちゃんも遊ぼうぜ」

 服は水に濡れ、髪からは雫が滴っている。

 濡れて恥じらう気持ちなんか家に置いてきたと堂々と言っているようにも見える。

 手を引かれ、流れで立ち上がる。

 ナツを見ると、こちらを見ていた。

 今度は子供を見るような目で微笑んでいた。

「ほら、ずぶ濡れになろうよ」

「スマホを籠に」

 自転車へ足を向けるが、咲がそれを許さなかった。

「そんなの良いから」

 良くない。

 そう言おうとする前に千誉から攻撃を受けた。

 顔から水を被ると既にずぶ濡れになっている二人が揃って笑い出す。

 もう、どうなってもいいか。

 観念して、お返しと言わんばかりに川を蹴り上げる。

 二人から悲鳴のような歓声が上がった。

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