第22話一緒に~翼~

 翼は山内の肩をつかみ、揺さぶる。信頼して、その経験が生んだ技術にはまだまだ敵わないと尊敬していた先輩。


「先輩!どうしたんですか!?」


 無駄だとわかっていながら。それでもそうせずにはいられない。


 誰かいないのか?自分以外の誰かは。

 動いているのは翼一人だけ。時が動いているのは……。


 冷たくなった山内の身体。周りの者も誰ひとりとして体温を感じさせない。ただの風景と同化して、その場にたたずむ。


 こんなことになったのは、いや、こんな現象を引き起こしているのは……。


「夏目……なのか」


 風のない中で、翼の声はまるで無声音のように自分の頭の内だけで響く。


「どこにいるの、夏目」


 目を閉じる。

 聞こえる。美空の声が。


 やっぱり私は……独りぼっち。


 ハッと目を見開く。

 どこにいる?君はどこに……。


『昨日、美空ちゃんが屋上にいるのを見た』


 部活前、安達が言っていた。昨日の放課後、屋上に人影が見えたと。その人影は何をするでもなくただ遠くを見て、やがて消えた。


『グランドの陸上部が練習してる辺りを見てたよ』


 ……美空は。

 高い場所にいる。

 陸上の高跳び選手が助走で勢いをつけるように。凧を上げるときに風を集めるように。自転車のペダルを勢いよくこぎ、そのあとは風に身をまかせてしまうように。

 飛び立つ準備をしている。


「独りで……飛ぶのか?」


 たった独りで。誰の助けも借りず。


 美空は孤独に飛ぶ。


 ひとりが好きなふりをして。強がって。仮面を隠して。心を閉じて。頑なに拒んで。世界を嫌って。

 別の世界を求めている。

 自由な世界。

 彼女には見えているのだろうか。その別の世界が。


 黒髪の美しい天使。遠くを見つめる瞳。澄んだ声。


 美空の声が聞こえる。


 私は……飛ぶ。


 まずは羽を広げ。助走をつけて。怖がらずに前を見据えて……!





 美空。





 飛ぶなーーーーーーーーーーーー!







 翼は走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る