第20話飛ばないで~空~

 風が強い。

 美空は空気の流れを肌で感じながら、そっと目を閉じた。





 授業が終わり、教室から出ていこうとしていた安達を翼が引き止めた。


「あのさ」


 安達が振り返る。


「安達の知ってること、全部教えてほしいんだけど」

「今ごろ?やっぱ氷川って超鈍いんだ」


 皮肉ともとれる笑みを浮かべる安達。

 しかし翼はひるまない。


「夏目のことが知りたい」

「……美空ちゃん本人はなんて?」


 安達は既に美空が教室にいないことを確認してから尋ねた。


「話してくれたよ……でも俺は夏目を傷つけた。理解してやれなかった」

「氷川、まっすぐぶつかったの?」

「まっすぐ?」

「きっと氷川のことだから、適当な言葉でごまかしたりしなかったんだろ」


 安達は表情を消していた。心の奥底に本当の感情を隠しているように見える。

 翼はゆっくりと首を振る。


「違う。ごまかした。俺はごまかしたよ。何も言わないっていういちばん卑怯なごまかし方をした」

「へーえ。なかなか最低なことするね」

「……俺、自分が夏目のこと何も知らなかったって気づいて。安達はさ……知ってるんだよ、な」

「知ってるよ」


 わかっていたはずなのに、翼は胸をえぐられたような感覚に陥った。気持ちの悪い薄暗い感情がぐるぐると自分の中を回るのを感じる。

 安達はふっと笑った。


「知ってる。それ、嫉妬っていうの」

「……え?」


 安達の肩が震えている。

 翼は訳がわからずただ呆然とした。


「だから、氷川は嫉妬してるんだって!今までそういう経験ないの?どんだけ素直にまっすぐ育ってるんだよ」


 笑いながら安達は翼に教えた。


 氷川は美空ちゃんが好きなんだよ、と。








 飛びたい。

 自由になりたい。


「独りぼっちの飛べない小鳥」


 籠の中に閉じ込められて。外に出ようとあがいてる。

 淋しいよ。誰か。誰か助けて。

 自由の景色に憧れて、果てなく遠い夢を追いかける。


 そうだ。

 空が眠ってしまえばいい。深い悲しみの色を吸い込んで、雲を薄くさいて、太陽をかき混ぜる。

 全部全部。時が止まったみたいに眠ってしまえ。


 私だけが仲間はずれなんてもう嫌だ。


 私も皆も、一緒に眠ろうよ。ほら、あなたも一緒に……。











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