第14話どこに~空~

「遅くなってごめん」


 校門の陰でひっそりと隠れるように待っていた美空に、翼は駆け寄る。不安げだった美空の表情がパッと咲いた。


「氷川くん」

「はい、これ。数学の問題集」

「……ありがとう、本当に」


 わずかに赤くなって問題集を受け取り、美空はそれをバッグにしまった。


「それじゃ、帰ろっか」

「うん」


 翼がゆっくりと歩き出し、美空もそれに続く。

 日はまだ高い。けれど美空の頬はまるで夕焼けに染まったような色をしていた。


「ねえ、氷川くん」

「何?」

「聞きたいことって?」


 勇気を出して尋ねると、翼は優しく笑った。美空の不安を見通して、少しでもそれを和らげようとするように。


「あの場所のこと」

「……あの、場所?」

「嫌だったら答えなくてもいいから。俺が勝手に聞くだけ」


 翼は歩くのが遅い美空を気遣ってか、ゆっくりと歩いていた。口調も心なしかのんびりとしている。


「君と初めて会った場所。あの場所がどこにあったか思い出せないんだ。夏目なら知ってるかと思って」

「初めて……会った」


 美空は翼の言葉を反芻した。繰り返したが、わからなかった。

 私が氷川くんと初めて会った場所?


「君と別れてから、俺はまっすぐ家に帰った。あのときはまだ引っ越す前だったけど、帰ったのは今住んでる新しい家の方。道、あのときは不思議なほどわかったんだ。ほとんど迷わず帰れた。だけどもうわからない。自分がどうやってあの場所にたどり着いたのか」


 翼と初めて会ったとき。初めて会った場所。初めて会った……。


「気になって地図で調べたけど、それらしい場所はこの辺りにはなかった」


 わからない。

 私はどうやって氷川くんと知り合ったの?

 どこで?どこかで。いつ?いつの間にか。


「あの場所はどこにあるの?」


 翼が尋ねると、美空は急に立ち止まった。


「………………」


 美空はその質問の答えを持っていなかった。ただ呆然とつぶやくように言う。


「氷川くんは……どうやって私と、知り合ったの」

「……え?」


 わからない。

 私はこの人の時がわからない。

 また……ずれた。ずれてしまった。


「どうやってって……春休みに、会っただろ」

「春休み……?」

「俺が転校する前、君とあの場所で……」


 翼もどこかもどかしそうな表情をしている。何かが引っかかる。でもその正体がわからない。そんな表情を。


「あの場所は……」


 あの場所は、どこ?


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