第11話小鳥~空~

んでるみたいだ……!」


 美空の心が歓声をあげていた。


 一度は帰路についたものの、途中で忘れ物を思い出して引き返してきた。中学校を囲むフェンスの脇を通りかかり、グラウンドの方から聞こえた一際大きな声に振り返った美空は見た。


 かける彼を。


 重力なんてまるで感じていないように軽やかに、しかし力強く。大きく地を蹴り、体全体でしなやかに躍動する。風は彼を中心に巻き起こる。そして彼の背中には透明な空気の歪みが生まれる。

 透明なツバサ。


 思わず心を奪われて、それを落ち着けるように息を吐く。


「氷川くんは……飛べるの?」


 感嘆とも羨望ともとれないつぶやきの後、違和感を感じる。

 あ……れ。

 頬が熱い。

 美空は不思議に思って自分の頬を拭った。生暖かい液体が手に触れた。

 …… これは涙?


 それに気づいたとたんにふっと力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。

 どうして?

 心の奥が空っぽになった、そんな感覚。どうすることもできないこの空虚感。


 そうか……私、独りぼっちだから。

 寂しくて寂しくてたまらない。この心の穴は、きっと孤独の象徴。


 遠くの方で彼らの声が響く。心の繋がりかけた、いや、もう既に繋がっているのであろう彼らは。孤独に支配される感覚なんて知りもしない彼らは。


 美空を疎外する。


「あなたも……あの中にいる」


 美空のことを唯一曇りなく認めてくれた彼は、やっぱり美空の味方などではなかった。少なくとも今このとき、彼の頭の中に美空の存在はないだろう。


 漆黒の髪。透き通るほど白い肌。

 天使はその美しい顔を手で隠してうずくまる。


 羨ましくなんてないはずなのに。

 どうしてこんなに苦しいの?


 その瞬間、美空の心は凍るように固まり、そして動かなくなった。


 フェンスの外でうずくまっている彼女に誰も気づかない。彼女の存在はこの世のものとは思えないほど薄まっていた。呼吸さえも止まって、ただひとつ彼女の存在を感じさせるのは、音もなく流れ続けて頬をぬらしている涙だ。


 美空は孤独に縛られている。

 そして気づいていなかった。

 彼女の涙は彼らの心の繋がりを羨むものではなく、たったひとり、信用しようとしていた彼が本当ははるか遠くにいると思い知らされたことによるものだと。




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