第8話隠して~SideA~

 勢いに任せて、いろいろぶつけすぎた。

 電源を切ったスマートフォンを手の中で転がしながら、安達は少し後悔した。


 あー。なんか今の俺、すげーカッコ悪い。


 結局何も思い通りにはいかなかった。このまま翼に全て任せるしかないのか。悔しいが、安達にできることは何もない。


 完全責任放棄ってわけか。いや、最初から俺に責任なんてなかった。責任を持つ資格すらなかった。


 叶わぬ恋だとわかっていた。随分昔から割り切っていた。

 天使の心が自分に傾くことはない。

 だから安達は、望みのない恋に懸命になるより、「ファン」という都合のいい言葉に逃げて堂々と彼女に近づくことを選んだ。それは自分の想いをはぐらかす卑怯な逃げ道だった。


 いつでも余裕を振りまくのが安達のスタンスだ。冷静でいられなくなった自分がいちばん怖い。


 仮面をつけてるのは、俺の方かもしれないな。


「美空ちゃんより俺の方がよっぽどたちが悪い……か」


 安達は眉尻を下げて、人には絶対に見せないような傷ついた表情で深い溜め息をついた。翼への電話でかなり精神が疲労していた。

 自分と違い、憎らしいほど真っ直ぐな瞳をした翼。

 きっと誰にでも真っ正面から向かっていって、正攻法以外なんて思いつきもしないのであろう彼に、安達は劣等感のようなものを覚えていた。会話の節々にもその人のよさがにじみ出ている。そんな相手と話すのは、屈折した自分の心が浮き彫りになるようでひどく苦痛だ。


 しかし一方で、苦しんでいる彼女を放っておけないのも事実だった。好きな女の子を見殺しにできるほど落ちぶれてたまるもんか、と既に半ば廃れかけたプライドで安達は思う。


「美空ちゃんがそれで救われるなら……もうなんでもいっか」


 かすれた笑い声。身体から力が抜け、だらりと垂れた腕からことっとスマートフォンが落ちる。


 誰かに託すなんて不本意だが、それが最善策なのだとしたら、ここはスマートに退くのがいつもの安達だ。冷静に、余裕なふりをして。


 あー。やっぱり俺、めちゃくちゃカッコ悪い。


 そんなつぶやきも、自分を慰めているに過ぎないのかもしれない。自分の弱さを認めたつもりになって、本当に嫌な部分からは目を背けたままでいる。


 翼ならできるのだろうか。

 壁。

 美空を囲む高い城壁を。幼い頃から彼女と周りとを隔てていた透明な分厚い壁を。

 取り払うことが。


 もし彼にそれができたとして、悔しいなどと言う資格は自分にはない。黙って見ていただけの安達に許されるのは、どこまでも真っ直ぐな翼を応援し、その成果を称賛することだけだ。


 ずっと昔に諦めていなければ。ほんの少しはあったかもしれない可能性を切り捨てずに、想いを真っ直ぐ彼女に向けていれば。

 美空をこの手で救うことができたのだろうか。


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