第5話独り~空~

 美空は普段独りでいることが多い。クラスで形成されているいくつかの女子グループのどこにも属していないからだ。

 そんな中で比較的よく話すのは隣の席の近野で、彼女とは一年のときもクラスが同じだった。近野はさっぱりとした人付き合いをするタイプで、美空と同じくどこのグループにも入っていない。


「あー、また夏目ちゃん本読んでる。うっわ超文字細かいし」


 近野が隣から美空の手元をのぞき込んだ。


「難しそー」

「……全然難しくないよ」


 顔を上げた美空が頬を赤く染めて、恥ずかしそうに本を閉じた。


「んー何々?」


 ガタッ。椅子をならして安達が振り返る。


「美空ちゃん、何読んでるの?」

「えっと……ファンタジー、かな」

「へーえ。いいね、美空ちゃんらしくて」

「私らしい……?」

「趣味も可愛いんだなーってさ」


 照れもせずに言う安達の隣で、翼は肩の震えを抑えるのに必死だ。


 よくそんなこと言えるよなあ。


 安達は美空のファンを公言している。それだけあって、美空の行動にいちいち反応しては歯が浮かないかと心配になるような台詞を吐いたりする。翼にはそれがポーズにしか見えなかった。


「な、氷川?」


 突然安達に話を振られた。翼は振り返る。


「ごめん、聞いてなかった。何?」


 すると美空が慌てて、


「聞かなくていいよ」


 と言った。

 安達が笑い声をあげて、それから説明する。


「美空ちゃんが可愛いって話」

「あー、うん。まあ」


 翼が曖昧にうなずくと、少しと経たないうちに美空の顔が真っ赤になった。「え、あ、あの」と小さな声でうろたえている。


「夏目ちゃんったら、リンゴみたいじゃん。熟れすぎのジュックジュクって感じ」


 乾いた声で近野が笑う。

 安達も、


「レアだ」


 とつぶやく。

 翼は困惑する。美空がそんなに反応する理由がわからない。


「夏目?ごめん、なんか俺変なこと言った?」

「…………」


 近野と安達が顔を見合わせる。


「この反応は……ねえ」

「だよな」


 ドサッ。

 美空の手から本が滑り落ちた。


「夏目?」


 美空はまるで石像のように動かない。目から光が消え、表情がなくなっている。まばたきすらもしない。


「夏目ちゃん?」

「美空ちゃん?」


 はじめは赤かった頬から色がなくなり、青白く変化を見せる。

 尋常ではない何かが起こっていた。少なくとも笑い事では済まない何かが。


「……息、してない」


 翼がつぶやいた。


「息してねーよ!」


 焦って顔を近づける。美空の息遣いが聞こえない。

 嘘だろ……!?


「夏目っ」


 かすれた声で叫び、翼は美空の肩に触れる。その瞬間、翼の指にバチッと電流が流れるような衝撃が走った。


 美空の身がゆっくりと崩れる。

 座っていた椅子から落ちそうになったところを翼が抱き止めた。


「ちょっと……大丈夫なの、夏目ちゃん」


 近野の声が震えている。


 いつの間にか美空の目は閉じられていて、わずかだが浅い息遣いが聞こえた。

 翼は耳元で美空の名前を呼ぶ。

 美空が目を開けた。視線が翼と絡まり合う。彼女はさっきよりも大きく呼吸を繰り返した。

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