第2話転校生~翼~

 翼の転校初日は春休み明けの始業式だった。クラスは二年三組。


氷川ひかわ翼っていいます。走るのが好きで陸上やってました」


 どこも公立中学って同じようなもんなんだな。


 ひとつ言うとすれば、この学校は妙に掃除が行き届いていて清潔感がある。それ以外は前の学校とそう変わらない。

 担任に促されて、簡単な自己紹介をしながらクラスメイトの顔を見回してみると、これはまた新しい発見だ。


 似た顔の奴っているもんなんだなー。


 なんとなく目元が似ていたりだとか、ほとんど瓜二つだとか、前の学校で見たことのあるような顔が並んでいる。


 世界に同じ顔は三人いるって言うし。……って、え?


 翼は目を見張った。視線の先には一人の少女がいる。

 長い髪を頭の上の方でひとつに束ねていて、濃い藍色の瞳でどこかを見据えている。唇をキュッと引き結び、ぴくりとも動かない。翼と目が合うと、少女はハッと視線をそらした。


 嘘だろ、こないだの……?


 担任に空いている席を示される。そこは少女の斜め前だった。少女の視線を感じながら席に着くと、翼は小さく溜息をついた。


 これって一体どんな状況?こんな偶然って。


 今日は授業もないということで明日の日程について簡単な話があった後、解散となった。とたんに隣の席の男子が話しかけてきた。


「俺、安達壮真。よろしく」


 一見軽く見えるが気さくそうだ。


「ん、よろしく」


 すると後ろの席の女子がぐっと身を乗り出した。


「ウチ、近野真美子。……ほら次、夏目ちゃん」


 ショートカットの活発そうな近野が、隣にいた少女の背中を勢いよく押した。


「えっと……夏目美空です。その……」


 美空の瞳は不安げに揺れている。申し訳なさそうにうつむき、やがて小さな声で、


「よろしくお願いします、氷川くん」


 と言った。

 翼は三人の顔を順に見る。


「えーっと。安達に、近野に、それから……夏目、だったよな」

「おー合ってる合ってる」


 安達がにっこりとうなずいた。それからふと首を傾げる。


「あれ、美空ちゃん、顔色悪い?」


 びくっと美空が肩を震わせる。


「そんなこと、ないよ。あの私、私……用事、あるから、あの、先に帰るね」

「夏目」


 立ち上がりかけた美空を、翼が呼び止めた。


「待てよ」

「……待てない。さようなら」


 美空はそのまま背を向けて通学バッグを背負うと、教室から出ていってしまった。

 逃げられた?

 翼は呆気にとられる。


「あっ、氷川くんも夏目ちゃんに見とれてたっしょー」


 近野が乾いた笑い声を発する。


「ホントに男って生き物は、どうしてこうも美少女に弱いのかねえ」


 近野の真の嫌味の対象、安達は苦笑しきりだ。


「美空ちゃん、可愛いからなー。ファン多いよ」


 ファン、か。


 謎に包まれた美少女。さっぱりわからない。彼女が何者なのか。少なくともれっきとした人間ではあるらしいが。


「声」


 なんとなくつぶやいていた。


「声、綺麗だよな」


 優雅に楽器を奏でているような独特のリズムで彼女は話す。

 最初は美空があの謎の美少女と同一人物なのか半信半疑だった。しかし、声を聞いて確信した。澄んだ響き。安らかな音色のソプラノ。ふたつとない不思議な声。


「美空ちゃんはなんだって綺麗だよ」


 安達が笑った。


 なんだって綺麗。心の奥底まで?そんなことあるわけない。

 翼は思った。美空は何かを必死で隠そうとしている。


 それはもしかしたら、美空の闇の部分なのかもしれない。翼が見た春の夢は、きっとその片鱗なのだ。

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