ひとちがい #23

 薫を乗せたタクシーは、都心としん目指めざして走っていた。叶はほかの車を二台はさんだ後ろから、慎重しんちょうにバンデン・プラを走らせた。助手席じょしゅせきでは玲奈が物珍ものめずらしげに窓の外を見ている。

「ヤバァ〜い、ウチこの辺んの初めて」

「高校生には敷居しきいが高いからな」

 叶が言うと、玲奈がくちびるを尖らせて反論はんろんした。

「何よ、アニキだって似合にあわないじゃん」

「オレはこう言う所の雰囲気ふんいききらいなだけ、オマエよりはフィットするよ」

「ウソ〜」

 ふたりが言い合っている間に、タクシーがハザードランプを点灯てんとうさせた。叶は加速してタクシーを追い抜き、二十メートル程前方でバンデン・プラを停車ていしゃさせると玲奈に指示した。

「車めて来るから、オマエ社長を追え。あやしまれるなよ」

「ウチそんな怪しくないし」

 台詞ぜりふを残して助手席を降りた玲奈を見送ってから、叶はふたたびバンデン・プラを出して駐車場ちゅうしゃじょうを探した。


 場所柄ばしょがらかコインパーキングが少ない上にほとんまっていて入れず、結局百貨店ひゃっかてんの地下駐車場を使う羽目はめおちいった叶が、ようやくバンデン・プラを停めて地上に出ると、ジャケットのすそのポケットでスマートフォンが振動しんどうした。取り出して確認すると、玲奈からのメッセージが来ていた。

『ヤバい 早く戻って来てよ』

「何だよアイツ」

 叶は悪態あくたいきながらけ出し、三分程でタクシーが停まった辺りまで戻った。そこから道を入った所にた玲奈が、叶を見つけるなりはげしく手招てまねきした。

「何やってんだオマエ? 社長を追えっつったろ」

 りつつく叶に、玲奈がほほふくらませて叶の後ろを指差ゆびさした。振り返った叶の視界しかいに入ったのは、『French Restaurant LUNE ROUGE』としるされた看板かんばんだった。

「あんなトコ、ウチひとりで入れるわけ無いじゃん」

 玲奈の抗弁こうべんに深くうなずくと、叶は先に立ってレストランの出入口に向かった。後ろから玲奈が小走りについて来る。

 重厚じゅうこう木製もくせいとびらの前で叶が躊躇ちゅうちょしていると、玲奈が横から言った。

「何ビビってんの?」

れてねぇだけだ」

 言い返した叶が、軽く咳払せきばらいしてからゆっくりと扉を開けた。

 店内は明る過ぎない照明しょうめいかべけられた西洋せいようが、落ち着いた雰囲気を醸成じょうせいしていた。十卓のテーブルが店の奥に向かってたて二列に並べられ、数組の来客が思い思いに食事をっていた。そのもっとも奥のテーブルに、こちらに背を向けて薫が座っていた。その対面に腰掛ける男性の顔を見て、叶はあやうく声を出しそうになった。

 田中忍だった。

 想定そうていしていなかった状況じょうきょうでの捜索そうさく対象たいしょうとの接近せっきん戸惑とまどう叶の前に、ウェイトレスがあゆった。

「いらっしゃいませ。御予約ごよやくはおありでしょうか?」

 予約、と言う単語を聞かされてさら動揺どうようしかかったものの、叶は必死に真面目まじめ表情ひょうじょうを作って答えた。

「予約は無いけど、何とか入れないかな? 妹がどうしてもここが良いって聞かなくて」

 急に言い出しっぺあつかいされた玲奈が一瞬いっしゅん顔をゆがめたが、咄嗟とっさに笑顔を浮かべて口を挟んだ。

「そ、そぉなんです、友達のお母さんがとっても美味おいしかったって言ってて〜」

 するとウェイトレスは玲奈に微笑びしょうを返してから叶に告げた。

「少々お待ちくださいませ」

 叶は安堵あんど溜息ためいきを吐いてウェイトレスを見送り、薫の頭の動きを警戒けいかいしつつ玲奈と共に出入口脇に並べられた丸椅子に腰を下ろした。その直後、玲奈が脇腹わきばら小突こづいて来た。

「何だよ?」

 叶が小声で訊くと、玲奈も小声で質問を返した。

「何でウチの所為せいにすんのよ?」

「しょうがねぇだろ、ああでも言わなきゃ予約無しをたてに追い出されるかも知れなかったんだぞ」

「でもあれじゃウチがすっごいわがままみたいじゃん」

「わがままだろ実際じっさい

「ちょっと何それ――」

 ふたりの小競こぜいをせいする様に、先程のウェイトレスがメニューをかかえて戻って来た。

「お待たせいたしました、二名様、どうぞ」

「どうも」

 おうじた叶が立ち上がり、おくれて立った玲奈と共にウェイトレスの後について進み、案内されたテーブルにいた。薫にめんれている叶はふたりの卓に背を向けて座り、玲奈を対面に座らせた。ウェイトレスに渡されたメニューを開くと、見事にコース料理ばかりだった。フランス料理自体食べた経験けいけんが少ない叶だが、ひるまずにふたり分の注文をませ、ウェイトレスにメニューを返してひと息吐いた。すると対面の玲奈が意地悪いじわるそうな顔でたずねた。

「大丈夫アニキ?」

「うるせぇな、オマエは社長と相手の男を見張みはってろ」

 叶が言い返すと、玲奈は田中を見て再び質問した。

「あの人誰? 結構けっこうイケメンじゃん」

 叶は肩越かたごしに田中を一瞥いちべつしてから答えた。

「あれが今回の捜索対象。まさかここに居るとは思わなかったけどな」

「へぇ〜、運良いじゃん」

「かもな」

 こたえをはぐらかすと、叶はウェイトレスがはこんで来た水入りのグラスを受け取り、おのれの口に運んだ。


《続く》

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