ひとちがい #21

 わざとゆっくりんでいた所為せいか、叶が二杯目のコーヒーをころにはすっかりめていた。腕時計に目を落とすと、まだ午前十時半過ぎだった。周囲しゅういを見ると、それまで会社員やノマドワーカーが多かった客層きゃくそうが、少しずつ親子連れ等に変化していた。

「そろそろきびしいか」

 つぶやいた叶は、せきを立ってゴミを処理しょりし、周辺しゅうへんに気をくばりつつ店を出た。

 次の監視場所かんしばしょ物色ぶっしょくしていると、ジャケットのすそのポケットでスマートフォンが振動しんどうした。取り出して確認かくにんすると、優美子からのメールだった。叶は道端みちばたで立ち止まってメールを開いた。

 優美子によれば、田中が今まで連絡れんらくを取れなかった理由を『色々あって』と曖昧あいまいにするわり、旅行については『できれば明日にでも』とかなり急いでいるらしい。真意しんいはかりかねるが、田中が早く国外に出たがっている事は明らかだ。

 叶は少し考えてから、優美子に田中を何とかして呼び出す様にたのむ文章を打って返信し、スマートフォンをしまった。再び場所探しを始めようとした時、ビルの出入口から薫が出て来るのを見て咄嗟とっさに近くの電柱に身をかくした。大きめのボストンバッグをげ、表通おもてどおりを目指して進む薫を遠巻とおまきに見ながら、叶はまわりを気にしつつ薫と同じ方向へ歩き始めた。迂闊うかつに薫の背後はいごにつこうとすれば、必然的ひつぜんてきにマトリの目の前に姿をさらす事になる。

 表通りに出て一旦いったん立ち止まり、ややおくれて姿を表した薫がこちらに進路を変えたのであわてて身を引き、物陰ものかげで息をひそめて薫が通過つうかするのを待った。数秒後に薫がはやい足取りでとおぎた後、十秒程ってから紺色こんいろのスーツを着た若い男性が、薫の背中を見据みすえながら通った。おそらくカフェでんでいた麻薬まやくGメンの片割かたわれだろう。叶は慎重しんちょうして、Gメンから十メートル程の距離きょりを取って後をつけた。

 先を歩く薫が、銀行の出入口をくぐった。尾行びこうするGメンが銀行を通過したあたりで叶は足を止め、横道へ入った。そっと顔を出して通りをのぞむと、あんじょうGメンが銀行の数メートル先で立ち止まり、スマートフォンを取り出しながら銀行の方に注意を向けていた。叶は薫が銀行から出た後の動きを予測よそくして、横道から大きく裏を回り込み、Gメンの向こう側に出た。銀行に気を取られているGメンは当然、叶が後ろに来た事に気づいていない。

 その状態じょうたいで二十分近く待って、ようやく薫が出て来た。叶の予測通り、来た道を戻って行く。肩から提げたボストンバッグが、心無こころなしかふくれている様に見える。数秒後にGメンも薫を追って歩き出す。それからさらに数秒を取って、叶もふたりの後を追った。

『カオルプロモーション』が入るビルの近くにかったところで、叶は道をれたふたりを横目に通りをぐ進み、先の路地ろじからビルの裏手に回った。正直について行ってカフェで待機たいきしているGメンの仲間に見咎みとがめられるおかせない。

 叶はあらためて、ビルの裏手に麻薬Gメンらしき人影が居ないかをさり気なく観察かんさつした。正面側の様なカフェや、それにるいする店舗てんぽが見当たらないので、建物の屋上おくじょう非常ひじょう階段かいだん等も気をつけなければならない。

 結局、叶は歩いた先で見つけたレストランに入った。小腹こばらいたのもあるが、マトリの監視を特定できない以上、あまり目立った動きはしたくなかった。

 まだランチタイムには早いためか、店内はそれ程んではいなかった。叶は通りに面した窓際まどぎわの席を取り、ほかの客を見回しつつメニューを開いた。どうやら、不自然に外を見ている様なやからは見当たらない。

 水の入ったグラスをはこんで来たウェイトレスにハンバーグステーキを注文した叶は、外をながめながら思案しあんした。

 表側で張り込んでいるマトリや、田中の自宅を張っている警察なら交代こうたい要員よういん豊富ほうふに居るが、私立探偵の叶にはほぼ用意できない。かと言って対象たいしょうの近くに居続けるのも簡単ではない。

 叶は水をひと口飲むと、むずかしい顔でスマートフォンを取り出した。

「ダメ元でいてみるか」

 ひとりごちつつメッセージアプリを開くと、仁藤玲奈にてて『手伝ってくれ』とメッセージを送りつけた。今日は平日なので、高校生の玲奈は現在授業中じゅぎょうちゅうで、放課後ほうかごは恐らくアルバイトに行くはずだから十中じゅっちゅう八九はっくことわられると判ってはいるものの、ためしに打診だしんせずにいられなかった。

 七、八分程経って、叶の目の前にハンバーグステーキとライスがならんだ。叶がさら両脇りょうわきかれたフォークとナイフを取ってハンバーグに切りつけようとした所へ、スマートフォンの振動がんだ。溜息ためいきじりに食器を置くと、叶はジャケットの裾ポケットに手を突っ込んでスマートフォンを出し、画面を確認した。玲奈からの返信だと知るなり、すぐにアプリを起動きどうしてメッセージを表示させた。だがその表情は瞬時しゅんじけわしくなった。

『バイトだからムリ〜』

「やっぱりダメか」

 小声でててスマートフォンをしまうと、叶は気を取り直してハンバーグに向かった。


《続く》

 

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