ひとちがい #17

 バンデン・プラに戻った叶は、スマートフォンを取り出して先程『BURAI』で撮影さつえいした名刺めいしの写真を呼び出した。冴島は共有きょうゆう財産ざいさんだからタケルこと田中忍にはわたさなかったと言っていたが、田中が個人的に連絡先れんらくさきさえていないわけが無いと、叶はんでいた。勿論もちろん、名刺を渡さなかった、あるいは持っていない顧客こきゃくも居ただろうが、一週間以上も自宅に戻っていない状況を考えると、ホスト時代の馴染なじみ客で、尚且なおかつ生活に不自由していなさそうな女性の所に潜伏せんぷくしている可能性はありそうだ。

 名刺に記載きさいされた企業名をチェックすると、やはり名の知れた会社が多く見受けられた。そんな中に、叶は気になる名刺を一枚見つけた。

『株式会社カオルプロモーション 代表だいひょう取締役とりしまりやく 龍崎りゅうざきかおる』と書かれたその名刺だけ、他の名刺に記載された企業の業種とは一線を画している。叶は一旦写真を消すと、『カオルプロモーション』を検索した。最上位に上がった芸能事務所のホームページを開くと、叶はニュースやトピックスを流し見した。その中に既視感きしかんを覚えて見直すと、たしてそこには先日ライヴ会場をおとずれた『RANKO』の名前があった。

「これって、あの狩野リョウがバックバンドに居たか」

 改めて所属タレントのページをのぞくと、約十人程表示された顔写真の中にRANKOの顔がざっていた。

 次に叶は、会社紹介のページを開き、そこに記載された龍崎社長のプロフィールを読んだ。中学時代からダンススクールに通い、大学卒業後にはアメリカに渡って本場のエンターテインメントを学んだらしい。帰国後には舞台を中心に活動するもメジャーな場には恵まれず、振付師ふりつけしとプロデュース業をて事務所を立ち上げ、現在にいたっている。

 ホスト時代の田中の顧客のひとりが、狩野に関わりのあるタレントの所属事務所の社長だった。偶然ぐうぜんとは思うが、叶はみょうな引っ掛かりを覚えた。

「ともかく、一度会ってみるか」

 ひとりごちると、叶はバンデン・プラのエンジンをかけた。


 名刺に書かれた住所を頼りに二十分程走り、『カオルプロモーション』が入る雑居ざっきょビルの前で叶はバンデン・プラをめた。

「さて、会えるかな?」

 つぶやきつつ運転席を出た叶は、ビルに入ってすぐ左側にるエレベーターで事務所が入る五階へ上がった。

 目指す『カオルプロモーション』へ向かうと、出入口の前には受付うけつけカウンターが設置せっちされていて、中から濃紺のうこんのスーツを着た若い女性が声をかけて来た。

「こんにちは。どう言ったご用件ようけんでしょうか?」

 叶は微笑を浮かべながらカウンターにひじを掛け、受付うけつけじょうたずねた。

「龍崎社長にお会いしたいんだけど」

「失礼ですが、アポイントはお有りでしょうか?」

 丁寧ていねいで、とお一遍いっぺんな質問を返されて、叶は軽く首を振った。

「いや」

「でしたら、事前にアポイントをお取りになられてから、またいらしてくださいますか?」

 もうひとつ通り一遍の文句を聞かされた叶は、尚も食い下がろうと口を開きかけたが、受付嬢のおだやかな表情の裏にかたくなさを感じ取って大人しく引き下がった。

「悪かったね、出直すよ」

 台詞ぜりふを残してきびすを返した叶だが、外へ出るやいなやバンデン・プラに乗り込んでエンジンをかけ、周辺でコインパーキングを探した。幸い、大通りが近くに通っていて、そのわきにいくつかパーキングメーターが設置されていた。叶はいたレーンにバンデン・プラをすべませると、運転席を出て再びビルの方へ足を向けた。途中に、若干じゃっかん角度的に見辛みづらいが何とかビルの出入口を監視かんしできるテラス席をそなえたカフェを見つけ、まよわず入店した。目当ての席がまらないか気にしつつ、カウンターでブレンドコーヒーを注文し、会計してコーヒーを受け取るなり足早にテラス席へ向かった。かろうじてねらっていた席を取る事に成功し、叶は安堵あんど溜息ためいきいてからコーヒーをすすった。

 それから三十分以上が経過けいかし、周囲が薄暗うすぐらくなって来た所で、ビルの正面に一台のタクシーが停まった。後部座席から出て来たのは、間違い無く龍崎薫だった。い灰色のパンツスーツに身をつつみ、漆黒しっこくのロングヘアをなびかせてビルに入って行く。

「何だ、外出してたのか」

 舌打ち混じりに言うと、叶は小走りに店を出て、エレベーター前に立つ薫に声をかけた。

「龍崎社長、ですね?」

 薫は少しだけ頭を回し、横目で叶を見返した。

貴方あなたは?」

 質問で返された叶は、肩をすくめながら名刺を差し出した。

「探偵の叶です」

 薫は名刺を受け取ると、怪訝けげんそうな表情でさらいた。

「探偵さんが何の用かしら?」

「田中忍さんの事で」

 叶が答えると薫は即座そくざにかぶりを振った。

「知りません、そんな人」

 そこへ丁度ちょうどエレベーターが到着とうちゃくし、ドアが開いた。薫がを進める直前に、叶は薫に近寄って小声で告げた。

「『BURAI』のタケル、って言えば判りますか?」

 その瞬間しゅんかん、薫の目が少し見開かれた。だがすぐに表情をかたくするとエレベーターのゴンドラに身体を入れながら強い口調くちょうで返した。

「知らないわ!」

 更に追及ついきゅうしようとする叶だったが、エレベーターのドアに阻まれてしまった。付近に居た人々の注目をびながら、叶はビルを出た。


《続く》


 

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