ひとちがい #16

 白羽邸を後にした叶は、名刺に記載された住所を頼りにバンデン・プラを『ホストクラブ BURAI』へ向けた。先日は会員制のクラブで今日はホストクラブと、みょう水商売みずしょうばいづいている。

 腕時計を横目で見ると、午後二時半過ぎだった。さすがに男性の叶が客としてホストクラブに入るのは気が引けるし、店側からもことわられるだろうから、開店する前に到着する必要があった。

『ホストクラブ BURAI』は繁華街はんかがいから少し離れた所にったので、叶は容易よういにコインパーキングを発見してバンデン・プラを停める事が出来た。運転席を降りた叶は、近くの自販機で缶コーヒーを買い、その場で飲み干してから店へ向かった。

 鉄道の駅から徒歩とほで十分程の距離に在る雑居ビルの三階に『BURAI』が入っていた。叶がエレベーターで三階に上がると、斜向はすむかいに開け放たれたドアが見え、中から掃除機そうじきらしき駆動音くどうおんが聞こえた。ドアの横に『Hostclub BURAI』と記された銀色のプレートがり付けてある。叶は周囲を見回してから『BURAI』に足を踏み入れた。

 壁や調度品ちょうどひんはモノトーン主体で落ち着いた雰囲気ふんいきだったが、天井てんじょうを見上げれば派手なデザインの照明器具が多数ぶら下がっている。壁の何箇所なんかしょかに液晶えきしょうテレビが掛かっていて、天井のすみにはスピーカーもるされている。中央をつらぬく広めの通路の両側にボックス席が並び、明るい色のスーツを着た若い男性数人がそれぞれ掃除用具を手に動き回っていた。その中のひとりが、叶を見咎みとがめて言った。

「まだいてないッスよ、って男かよ」

 物言いが何となくかんさわり、叶は口元を引きめながら男に近づいた。叶の接近に、男は軽く舌打ちして掃除の手を止めるとするどい視線を送ってさらに言った。

「何だよ? 仕事の邪魔じゃまなんだよ」

 叶は小さく溜息ためいきいてから、男をにらみ返して言いはなった。

「口の聞き方に気をつけろ、オレだって来たくて来てるんじゃねぇんだ」

 すると男は、手に持っていた雑巾ぞうきんゆかほうるなり叶の胸倉むなぐらつかんですごんだ。

「あ? なめんなよオッサン!」

 途端とたんに、他の男達も手をめてふたりに視線を送った。叶は一切いっさいひるまずに男を見下ろして言った。

「オマエ、それでもホストか? 客商売なんだからしゃべりは上品じょうひんにしろよ」

「うるせぇな!」

 わめくが早いか、男は目を血走らせて右腕を振りかぶった。あわてて他の男達が止めに入ろうとする間に、男の右フックが叶の顔面へ飛んだ。だが叶は左掌ひだりてのひらで男のこぶしを受け止めると、握力あくりょくをかけて腕を押し下げた。

「い、いててててて」

 拳の痛みに悶絶もんぜつしながらひざく男を一瞥いちべつしてから、叶は対処たいしょこまる他の男達を睥睨へいげいしていた。

「ここにタケルってのが居るだろ? 誰か知ってるか?」

 叶の質問に、男達は困惑こんわくした顔でたがいを見合った。らちがあかないと判断した叶は、左掌の握力をゆるめずに言った。

「責任者呼んでくれ」

 すぐに比較的ひかくてき年長ねんちょうに見える男が反応して店の奥へ走った。それを見送った叶は、ようやく左掌から力を抜いた。解放された男はしきりに右手を振っていたが、勢い良く立ち上がると性懲しょうこりも無く左手で叶になぐりかかった。

「この野郎ォ!」

 男がはなった大振りの左フックを、叶は首だけを動かしてかわし、カウンターの左ボディブローをお見舞いした。

「ぐぉえっ」

 きたな悲鳴ひめいき出しつつ、男が腹をかかえてくずれ落ちた。他の男達が呆然ぼうぜんとする所へ、奥からす様な声が聞こえた。

何事なにごとですか?」

 叶が目を転じると、髪をオールバックにでつけて口髭くちひげやし、ダークスーツをた男性がこちらを見ていた。かたわらに先程姿を消した男が居るので、恐らくこの店の責任者だろう。叶は中央の通路を通ってその男性に近づいた。

「アンタ、責任者の方?」

 叶のいかけに、男性は少しあごを引いて答えた。

「店長の冴島さえじまです。貴方あなたは?」

 叶はジャケットの内ポケットから出した名刺めいししめして告げた。

「オレは探偵の叶。タケルってホストについて訊きたい事があってな」

 冴島は叶の名刺を受け取ってジャケットのすそのポケットにしまうと、むずかしい顔で言った。

「タケルは、もうめました。と言うか、クビにしました」

「クビ? 理由りゆうは?」

素行不良そこうふりょうです。開店前の掃除はサボる、店のカラオケは独占どくせんする、しまいには他のホストのお抱えのお客様に手を出しましてね、もう面倒めんどう見きれませんよ」

 迷惑顔めいわくがおで答える冴島に、叶は少しだけ同情した。田中忍はここでも疫病神やくびょうがみだったらしい。

「じゃあ、タケルが抱えてた客を教えてくれないか? どうしてもタケルと連絡取らなきゃならなくてな」

 叶がたのむと、冴島は数秒考えてからうなずいた。

「少々お待ちください」

 一旦いったん奥へ行った冴島が、二分程で手に何かを持って戻って来た。叶に向けて差し出されたのは、名刺を収納しゅうのうするカードファイルだった。表紙の中央に『タケル』と印字されたテープが貼ってある。

「ウチでは頂いた名刺をもらったスタッフごとにまとめて、誰が誰の顧客こきゃくか判る様に共有しているんです。たださっきも言った通りタケルはクビにしたので、店の共有財産でもあるお客様の名刺はわたす訳には行きません」

 冴島の説明に頷くと、叶はファイルを開いて中の名刺を閲覧えつらんした。どうやら在籍期間ざいせききかんはそれ程長くなかったらしく、枚数は少なかった。叶はスマートフォンを取り出して、冴島に訊いた。

「写真、ってもいいか?」

「どうぞ」

 許可きょかた叶は、ボックス席のテーブルを借りて名刺を全て撮影し、ファイルを冴島に返却へんきゃくした。

「迷惑かけたな。だが、スタッフの教育はもう少し真面目まじめにやった方がいいな」

 先程ボディブローで倒した男を見ながら言うと、叶は『BURAI』を後にした。


《続く》




 

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