ひとちがい #15

 事務所に戻った叶は、途中でコンビニエンスストアに寄って購入こうにゅうした昼食ちゅうしょくをレジ袋ごと応接テーブルに置くと、デスクの引き出しからノートパソコンを取り出してソファに腰を下ろした。OSが立ち上がるのを待つ間に、袋の中から唐揚からあげ弁当と缶コーヒーを出してテーブル上に広げる。缶コーヒーのステイオンタブを起こした所でOSが起動きどうし、画面に複数ふくすうのアイコンが表示された。叶は右手と口でばしを割りながら、左手でポータルサイトを呼び出して検索けんさくを始めた。えずは八日前の日付と『殺人事件』と言うワードのみで検索をかけてみる。何せ、石橋から得られた情報が非常に少ないので他に検索ワードが思いつかないのだ。

 結果、何件かの事件報道がヒットした。叶は唐揚げを頬張ほおばりつつトピックを吟味ぎんみし、ひとつの事件に引っ掛かりを覚えてページを開いた。

『雑誌記者 死体で発見』と見出しが付いた記事によれば、八日前の未明みめいに都内の公園で出版社『(株)月虹社げっこうしゃ』社員の楠神純也くすかみじゅんやさん(三十七歳)が死亡しているのが発見されたらしい。死因しいんは後頭部を殴打おうだされた事によるショック死と見られ、警察は殺人事件として捜査を開始したと書かれている。

「八日か、田中忍が連絡をった時期と一致いっちするな」

 確認する様につぶやいた叶は、続いて『(株)月虹社』を検索した。トップに表示された社のホームページを開き、出版している雑誌等の傾向けいこうを見ると、Jポップや海外ロックを中心とした音楽系や、若手タレントなどを取り上げたエンターテインメント系が目立った。殺された楠神については、石橋も報道も社員だとしか明らかにしていない為、実際に何を仕事にしていたのかは全く判らない。それに、事件を目撃もくげきしたと見られている田中忍との接点せってん不透明ふとうめいだ。と言う事は――

「やっぱり、容疑者の方か」

 納得顔で、叶はひとりごちた。

 田中忍は、事件現場近くに運転免許証を落として、その事に気づかずに姿をくらましている。つまり、それ程動揺した訳だ。その動揺の理由として考えられるのは、殺人と言う行為そのものを目撃してしまったショックか、或いは事件関係者に知り合いが居るか。しかし前者なら己の立場はともかく警察には通報するはずだ。公衆電話こうしゅうでんわを使って、名前をかれても無視して電話を切れば、少なくともその場で身元が割れる事は無い。

 では後者ならどうか? 仮に被害者を知っているならば、余程よほど冷血漢れいけつかんでもない限り安否あんぴの確認くらいするだろう。だがそれもせずに立ち去ったと言う事は、やはり容疑者と知り合いだとしか考えられない。

 先に立てた仮説かせつみずから裏付けた叶は、唐揚げ弁当を完食してコーヒーを飲み干すとジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、狩野からのメールを開いて田中忍の住んでいるアパートの名前を確認してノートパソコンで検索を始めた。ヒットした賃貸情報ちんたいじょうほうサイトからアパートの管理会社を手繰たぐり、スマートフォンで電話をかけた。

『お待たせ致しました、涼邑すずむらハウジングでございます』

 二コールで電話に出た女性に、叶は神妙しんみょう口調くちょうたずねた。

「つかぬ事をお伺いしますが、お宅で管理している『御影荘みかげそう』と言うアパートなんですが、大家おおやさんはどなたです?」

『あの、どう言ったご要件ようけんでしょうか?』

 女性の口調がトーンダウンした。明らかに叶をうたがっている。叶はひるまずに話を続ける。

「実は、まだ未確認なので他には話さないでいただきたいのですが、『御影荘』に不法滞在ふほうたいざいの外国人をひそかに住まわせている疑いがありまして、大家さんに確認を取る必要があるのです」

 叶が出まかせの理由をべると、女性の声が聞き取りづらい程小さくなった。

『もしかして、警察の方ですか?』

 叶は声に出さずに苦笑くしょうした。どうやら違う意味で話の判る女性の様だ。わざとらしく咳払せきばらいしてから、叶も声をひそめて答えた。

「一応。これは内密ないみつの捜査なのでくれぐれも他言たごんしない様に」

『判りました。少々お待ちください』

 女性はその気になったのか、電話を保留ほりゅうにせずに叶を待たせて何やら作業を始めた。かすかに聞こえる音から、パソコンのキーボードを操作しているらしい。

 一分とたずに、女性の声が聞こえた。

『お待たせしました、白羽保輔しらはねやすすけさんと言う方です』

 叶はソファから腰を上げてデスクに取り付き、引き出しからメモとペンを出しつつさらいた。

「しらはねさん、ね。住所と電話番号は?」

 女性の返答をメモに走り書きすると、叶は簡単に礼を述べて電話を切った。すぐに電話をかけようとしたが思いとどまり、ノートパソコンの電源を落としてデスクに戻し、再び事務所を出た。


 閑静かんせいな住宅街の一角に、周囲を白いへいかこった戸建こだての邸宅ていたくった。表札ひょうさつには『白羽』と記されている。その正面玄関の近くに、叶はバンデン・プラをめた。

「デカい家だな」

 感想を漏らしながら運転席を降りた叶は、玄関脇のインターホンを押した。

『はい、どちら様でしょうか?』

 スピーカーから、中年女性の声が聞こえた。叶はマイクがある箇所かしょに顔を近づけて言った。

「ちょっと、こちらがお持ちの御影荘ってアパートの住人についてお聞きしたい事があるんですが」

『はい、少々お待ちくださいませ』

 女性の声が途切とぎれてから二分程経って、玄関の扉が開いて中から初老しょろうの男性が顔を出した。

貴方あなた、どちらさん?」

 男性のいに、叶は身分証みぶんしょうしめして言った。

「ワタシは、探偵の叶です。白羽保輔さん、ですか?」

「そうですが、探偵さんが一体何の用ですかな?」

 身分証を見つめながら、白羽がいぶかしげな顔で訊き返した。

「実は、貴方が持っている『御影荘』の二○一号室に住んでる田中忍さんと連絡がつかなくなりまして、ワタシは借金しゃっきん取り立ての代行だいこうもやってましてね、返済期限へんさいきげんぎてるそうなんですよ」

 叶はうそぜて答えた。最近はやっていないが、しの頃に借金取り立て代行は経験がある。

 白羽はおどろく様子も見せずに言った。

「ああそうなの。まぁ家賃やちんも時々めてたからねぇ」

「それで、田中さんのつとめ先とか判りませんかね?」

 更に叶が尋ねると、白羽は少し考えてから「ちょっとお待ちください」と言い残して中へ引っ込んだ。

 叶が所在しょざいなげに周囲を見回しながら待っていると、ようやく白羽が戻って来て叶に名刺大めいしだいの紙を差し出した。

「変わってなければ、ここですよ」

 叶が受け取った紙には、『ホストクラブ BURAI タケル』と書かれていた。

「どうも」

 軽く会釈えしゃくして、叶はきびすを返した。


《続く》


  

 

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