ひとちがい #13

 翌朝、日課のロードワークを終えて事務所に戻った叶は、ジャージからスーツに着替えるとスマートフォンをつかんで『喫茶 カメリア』へ降りた。まだ開店して間も無いため、店内は客もまばらだった。

「あ、ともちんおはよ〜」

 トレーを抱えた桃子が歩み寄って挨拶あいさつした。叶も笑顔で返して、奥のカウンター席に陣取った。すぐに桃子が水の入ったグラスを差し出きてたずねた。

「サンドイッチ盛り合わせでいい?」

「ああ、頼むよ」

 うなずいた叶は、キッチンへ行く桃子を見送ってからスマートフォンを取り出した。メール着信の通知が来ていたので開くと、差出人は狩野リョウだった。本文には田中忍の住所が記載され、最後に『もうあいつの話はこれっきりにしてくれ』と書かれていた。添付てんぷされているファイルは、田中忍の顔写真だった。現像げんぞうした写真を撮影したらしく、やや画質があらかったが人相にんそうは充分に判った。確かに女性受けしそうな顔をしている。すると、いつの間にかキッチンから戻って来た桃子が田中忍の顔を見て言った。

「あらイケメ〜ン! だぁれこの人?」

結婚詐欺師けっこんさぎし

 叶が冗談じょうだんめかして答えると、桃子は目を丸くした。

「ウッソォ〜? そぉなんだ〜、だからイケメンって信用できないのよね〜。あ、ともちんは別だけどね!」

 笑顔でフォローすると、桃子は新たな来客に対応する為にその場を離れた。苦笑した叶は、入手した田中忍の顔写真を優美子にててメールで送った。これで裏が取れれば聞き込みに使える。叶はスマートフォンをジャケットの内ポケットにしまうと、グラスを取り上げて水をあおった。


 叶がサンドイッチ盛り合わせを完食して、付け合せのコーヒーを飲んでいると、内ポケットの中でスマートフォンが振動した。見ると、優美子からのメールが来ていた。

「早いな」

 ひとりごちた叶は、メールを開いて中を確認した。

『おはようございます

メールありがとうございます

私がお付き合いしていた狩野さんはこの人で間違いありません

お手数おかけして申し訳ありません

引き続きよろしくお願いします


木暮優美子』

 初めて優美子の苗字みょうじを知った叶は、アミリこと栞菜の苗字に関心を持ちつつスマートフォンをしまい、コーヒーを飲み干した。


 狩野から提供された情報を元に、叶はバンデン・プラで田中忍の自宅へ向かった。住所は都内だが限り無く隣県りんけんに近かったので、|叶は四十分近く運転し、着いたら着いたで今度は駐車場探しに苦労する羽目におちいった。二十分近く走り回ってようやく見つけたコインパーキングにバンデン・プラを停めた叶は、地図アプリを駆使くしして田中忍の自宅を目指した。

 五分程で辿たどり着いたのは、かなり年季の入った木造アパートだった。田中忍がアミリの言う通り結婚詐欺師だったとしても、その道で上手く行っているとは想像しがたい住居だ。叶は不快ふかいな音を立ててきしむ階段を上り、二○一号室の前で立ち止まった。玄関扉の右上を見上げるが、表札に名前は書かれていない。視線を下ろすと、薄汚れたインターホンがえ付けられているので、叶は呼び出しボタンを押した。だが室内にかわいた音がひびくのみで、反応は皆無かいむだった。

「やっぱり帰ってないか。または引っ越したかもな」

 おのれを納得させる様につぶやいた叶は、階段を下りて一階に集約しゅうやくされている郵便受けを見た。二○一号室のそれには、多数の郵便物が詰め込まれて今にもあふれそうになっていた。叶がその内の一通に手を伸ばしかけた時、背後から声をかけられた。

「それは窃盗せっとうになるよ」

 瞠目どうもくして振り向いた叶の目の先に居たのは、警視庁捜査一課の刑事にして、叶と因縁いんねん浅からぬ石橋大介いしばしだいすけだった。そのとなりには、石橋とコンビを組む松木直道まつきなおみちも居る。

「久しぶりだね、叶君」

 微笑しつつ言う石橋に、叶は動揺をおさえながら返した。

「一課のデカがこんな所で何やってんだ?」

「相変わらず態度が悪いなこのヘボ探偵! 口の聞き方に気をつけろ!」

 横からみつかんばかりに威圧いあつする松木を制すると、石橋は叶に告げた。

「悪いけど、話聞かせてくれないか?」

 叶は断ろうと口を開きかけたが、その所為せいで松木が更にヒートアップして騒ぐのも迷惑なので一旦いったん石橋の申し出を受ける事にした。

「いいぜ。ただし、面パトの中はお断りだ」

「判った。じゃ、場所変えようか」

 け合った石橋がきびすを返し、先に立って歩き出した。松木が叶を横目でにらみつけながら後について行く。叶は松木のあからさまな敵意てきいを受け流し、後ろからゆっくりとふたりを追った。

 四、五分程歩いた先にあった小さな公園に足を向けた石橋は、出入口で足を止めると松木に小銭を渡し、飲み物を調達ちょうたつする様に頼んだ。承知しょうちした松木が振り返りざまに叶をめつけて言った。

「言っとくがお前に選ぶ権利はぇからな」

「早く行けよパシリ」

「何だとテメェ! 覚えてろよ」

 台詞ぜりふを残して立ち去る松木をよそに、石橋と叶は公園の中に足を踏み入れた。園内では数組の母子が遊具ゆうぐ等で思い思いに遊んでいる。ふたりは奥のいたベンチに腰を下ろした。

「あの単細胞たんさいぼうを待つ程ひまじゃねぇ。話があるならサッサと済ませてくれ」

 叶がななめ上を見上げてぶっきらぼうに言うと、石橋は数回頷いて訊いた。

「叶君、田中忍に何の用なんだい?」

 この質問で、田中忍がいまだに先程の部屋に住んでいる事が証明された。叶は少し間を置いて答える。

「探してるんだ、依頼でな」

「誰から?」

守秘義務しゅひぎむだ、言うわけ無いだろ」

 石橋の更なる質問をかわした叶が、返す刀で訊き返した。

「そう言うアンタ等は、何で田中忍の自宅を張ってる? 人でも殺したのか?」

 警視庁に限らず、捜査一課と言えば殺人事件を扱う部署なのは誰でも知っている。その一課に属するふたりが来ているのだから、殺人事件の捜査の一環いっかんなのは当然と言える。

 石橋も少し間を置いてから答えた。

「彼は、ある殺人事件を目撃もくげきしている可能性があるんだ」


《続く》



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