ひとちがい #12

疫病神やくびょうがみ?」

 叶がオウム返しに問うと、狩野は深く頷き、勢い良くビールをあおってから答えた。

「ああ。あいつと組んで歌い始めてから、トラブルの連続だった。それも全部、あいつが原因でな」

 叶も烏龍茶を飲んでひと息吐くと、運ばれて来たカツ閉じ煮を受け取りつつ言った。

「トラブルってどんな? 言える範囲はんいで構わないぜ」

 狩野はすぐには答えず、来たばかりのカツ閉じ煮をひと切れつまみ、ビールで流し込んでから口を開いた。

「路上でやってた頃は、曲に対して文句つけて来たり、俺達を下手糞へたくそだとののしって来た奴等と必ず喧嘩けんかになったし、少しでも可愛い娘見つけたら歌い終わった後でナンパして、その娘が彼氏持ちだとやっぱり喧嘩、インディーズでCD作った時は、レコーディングスタジオのスタッフとめて制作中止の上にスタジオ出禁、ようやくCDが出来ても今度はショップの店長と販売枚数で揉めて、俺は間にはさまれる格好になって苦労させられたよ」

「それにしたって、CD作る所まで行ったんだからそこそこ上手く行ってたんじゃないのか?」

 叶が訊き返すと、狩野は鼻を鳴らした。

「CDなんて、ある程度曲持ってて金がありゃ作れるもんさ。少なくとも俺はそう思って、もっと良い歌を作らなきゃいけないってあいつに言った。けど――」

「田中忍君は、そうは思わなかった」

 叶がさえぎると、狩野はカツ閉じ煮をもうひと切れ口に入れて咀嚼そしゃくしながら言った。

「あいつは『最高傑作さいこうけっさくが出来た』とか言って調子に乗って、俺を引っ張って手当たり次第にレコード会社へCD持って売り込みに行った。だが少しでも悪い評価をされるとすぐキレて、喧嘩にこそならなかったけどひでぇもんだった。帰りには散々悪口言って、しまいには『あんな奴等に俺達の良さなんか判らねぇ』って言う始末。段々付き合い切れなくなって来た頃に、あいつはとんでもない事をやらかした」

 嫌な記憶を引っ張り出した所為せいか、狩野は苦い表情で残りのビールを飲み干し、空のジョッキを頭上にかかげて「もう一杯」と店員にアピールした。叶はえてしゃべらず、カレーポテトを摘みながら狩野が話すのを待った。

 二杯目のビールが届き、狩野が大きく息を吐いてからひと口飲んだ。叶も烏龍茶を飲み干してお代わりを頼んだ所で、眉間みけんに深い縦皺たてじわを刻んだ狩野が声をしぼり出した。

美人局つつもたせに引っ掛かりやがったんだ」

 美人局とは、主に女性が男性に近づいて様々な手段で誘惑し、肉体関係まで持ち込んだ所で女性と裏で繋がっている男性が現れて脅迫きょうはくし、金銭をせしめる詐欺さぎ行為の一種である。

「あいつは俺なんかより顔が良かったから昔から女にはモテた。しかもあいつはそれを鼻にかけてたから、自分が声をかけて落ちない女は居ないくらいに思ってた。その女も、路上でやってる時に見に来てて、確かに良い女だった、年上だったんだけど」

「美人局が来るって事は、そう言う方でうわさになってのかもな」

 叶が口を挟むと、狩野はビールをひと口飲んでから返した。

「多分。あいつは女がからむと見栄みえりになるから、必ずおごってたらしいし、良いカモになると思われたんだろ」

 二、三度頷いてカレーポテトを口にした叶が、ふとよぎった疑問ぎもんを狩野にぶつけた。

「でも、美人局なら後から出て来た男におどされて金を払わされるくらいなもんだろ? それがどうとんでもない事になるんだ?」

 狩野はしばらく間を置いてから大きくかぶりを振った。

「その美人局を仕掛けたのがスジ者で、まあまあな額を要求して来たらしいんだけど、あいつはそこで俺達の音楽を否定されてブチ切れちまった」

「まさか、ヤクザに手ェ出したのか?」

 叶は目を丸くした。ヤクザは元々喧嘩慣れしているし、弁が立って頭も回る。それに人の弱みにつけ込む事に関しては超一流だ。ズブの素人しろうとが太刀打ち出来る相手ではない。

「あいつ、女にだまされたってのも気に食わなかったみたいで、そのスジ者をブン殴って、オマケに女にも平手打ちかまして逃げたんだ」

 今度は叶がかぶりを振る番だった。ヤクザが最も嫌うのが、面子めんつつぶされる事だ。素人に殴られた上に逃げられて、そのヤクザのプライドは相当傷ついたはずだ。女の前なら尚更なおさらだ。

「翌日、すぐに自宅を特定されて拉致らちられて、大勢からボコボコにされた挙げ句に利き手の筋を切られちまった。それであいつのギタリスト生命は終わった」

 狩野の説明を聞いた叶は、難しい顔で烏龍茶を飲んだ。田中忍が優美子に左手を触らせなかったのは、そう言う経緯いきさつがあったからだった。

 重苦しい沈黙が、ふたりの間に流れた。叶は焼き鳥を全て胃に収めると狩野に尋ねた。

「その後、その田中忍君とはどうなったんだ?」

「あいつがかつぎ込まれた病院から連絡が来たんで行った、だが事情を聞いたら俺は完全に嫌気が差して、二度と俺の前に現れるなって言って、それっきりだ」

 言い終えた狩野は、二杯目のビールも飲み干してジョッキを叩きつける様にテーブルに置いた。叶も烏龍茶を飲み干すと、うつむいたままの狩野に訊いた。

「それにしても、そんなトラブルメーカーとよく組んでられたな?」

 すると狩野は、悲しげな顔で返した。

「確かにあいつは、ロクでもない奴だった。けど、歌は最高に上手かったんだ。ギターのテクニックや曲作りじゃ俺の方に分があったけど、歌だけは叶わなかった。だから俺は、多少迷惑こうむっても我慢がまんできた、あいつの歌が無けりゃ戦えないって」

「そうか」

 相槌あいづちを打った叶が腕時計を見ると、十一時をはるかに超えていた。通りかかった店員に会計を頼むと、立ち上がって狩野に告げた。

「すまん、長くなった。良かったら、家まで送るよ」

「いや、いい。ひとりで帰る」

 遅れて腰を上げた狩野が、ギターケースをげて出入口へ向かった。叶も後について行き、レジで会計を済ませて店を出た。先に立って駅の方へ歩く狩野に並びかけると、名刺を一枚差し出して言った。

「悪いんだが、田中忍君の顔写真持ってたら提供してくれないか? 後でこのアドレスに送ってくれればいい。それと、出来れば自宅の住所も」

 狩野は足を止めて名刺を受け取ると、叶を横目で見て返した。

「写真はともかく、自宅はもう居ないかも知れないぜ? ヤクザにバレたんだから」

「かも知れないけど一応、な」

「判った。それじゃ」

 了承りょうしょうした狩野が、名刺をしまいながら立ち去るのを見送った叶は、トイレを求めて近くのコンビニエンスストアへ入った。


《続く》


 

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