ひとちがい #11

 アンコールを含めて約一時間半のライヴが終わり、場内の興奮が冷めやらぬ中、叶は足早にホールから出て軽く頭を振った。最後方に居たにも関わらず、ステージの両脇に設置された大型スピーカーから弾き出される轟音ごうおんに、慣れていない叶はすっかりやられてしまった。

 グッズ販売のテーブルの前を横切って階段を上ると、外には完全に夜のとばりが降りていた。叶は大きく息を吐き、近くの自販機で缶コーヒーを購入すると『HAGANE』の出入口の対面の壁に背中を預け、次々と吐き出される観客達をながめながらコーヒーをすすった。腕時計を見ると、午後七時半近かった。


 周囲から人影がせた頃、RANKOを先頭にバンドメンバーやスタッフが『HAGANE』から出て来た。叶は明後日の方向を向いて、駅の方向へ向かう一行をやり過ごした。恐らく、これから打ち上げでもするのだろう。その後ろから、ビリーにともなわれて狩野が現れた。右肩にギターケースを提げている。

「待たせたね」

 夜なのにサングラスをかけたままのビリーが、叶に声をかけた。

「いや。こちらこそ、せっかくの打ち上げなのに済まん」

 叶の返答に頷くと、ビリーは狩野を促して言った。

「さぁ、探偵さんに何でも話してやんなよ」

「はい、すみません」

 かたい表情で会釈する狩野に手を振ると、ビリーは叶に頭を下げてスタッフ達の後を追った。叶はビリーを見送ると、狩野に言った。

「悪いな。ここじゃ何だから、場所変えよう」

「あ、じゃあ俺、店知ってるから」

 そう言うなり、狩野はスタッフ達とは反対方向に歩き出した。叶は肩をすくめると、缶コーヒーを飲み干して空き容器入れに放り込み、狩野の後について歩き出した。

 案内されたのは、せまい路地を進んだ先にあるこぢんまりとした居酒屋だった。出入口のすぐ右側にはカウンター席が店の奥へ伸び、カウンターの向かいの板場では店員が料理を作ったり、酒を用意したりと忙しく動き回っていた。左側には木製のテーブルと椅子が並び、数組の客が陣取って酒をみ交わしている。狩野は空いた席の壁側にギターケースを立て掛けると、叶を促して自らも椅子に腰を下ろした。

「なかなか雰囲気ふんいき良いな」

 叶が店内を見回しながら言うと、狩野はうつむき加減で答えた。

「前よく来てたんだ」

 そこへ、女性店員がおしぼりと突き出しをふたつずつ運んで来て、狩野に挨拶あいさつした。

「いらっしゃいませ、お久しぶりです」

「ああ」

 ぶっきらぼうに返事しておしぼりを受け取った狩野は、テーブルの脇に置かれたメニューも見ずに言った。

「ビール。あんたもビールでいい?」

 問いかけられた叶は、苦笑して答えた。

「いや、オレ車なんだ、烏龍茶くれる?」

「かしこまりました」

 前掛けのポケットから取り出した伝票に注文を書きつけると、店員は軽く会釈して離れた。叶はテーブルの隅に置いてあったばしを取り、突き出しをつまみ始めた。一方の狩野は、つまらなそうな顔で頬杖ほおづえを突き、ぼんやりと板場を眺めていた。程なく先程の店員がビールと烏龍茶を運んで来た。居酒屋らしく、どちらもジョッキ入りだ。叶は店員に礼を述べてジョッキを受け取り、対面の狩野に向けてかかげながら告げた。

「ライヴ、お疲れさん」

「どうも」

 狩野もジョッキを持って応じ、ふたりは同時にひと口飲んだ。叶は壁の高い位置に無数に貼られた短冊状たんざくじょうのメニューを見て、店員を呼んで焼き鳥とカレーポテトを注文すると、狩野を真っ直ぐ見て尋ねた。

「さて、改めて訊くが、キミの知り合いに左利きの元ギタリスト、居るね?」

 狩野は暫く目を泳がせていたが、ビールをもうひと口飲んで咳払いすると、きびしい表情で答えた。

「ああ。ひとりだけ」

「誰だ?」

 叶は間髪かんはつ入れずに質問を重ねた。相手の気が変わらない内に、取れる情報は取っておきたかった。狩野は数秒の間を置いて、しぼり出す様に言った。

田中忍たなかしのぶ。俺の相棒だった男だ」

「相棒」

 叶が繰り返すと、狩野は無言で頷いてジョッキを傾けた。その顔には、怒りとも悲しみともつかない感情がにじんでいた。叶が次の質問を探している間に、焼き鳥とカレーポテトが相次いで到着した。少し気勢をがれつつも、叶は焼き鳥を一本取り上げて口に運んだ。軽く振られた塩が鶏肉本来の味を引き立てた、上質の焼き鳥だった。

「美味いな」

 叶が思わずこぼすと、狩野はほんの少しだけ口角を吊り上げ、焼き鳥に手を伸ばした。

 一本を平らげた所で、叶が烏龍茶をひと口飲んでから問いかけた。

「相棒って事は、コンビ組んで音楽やってたのか?」

 狩野は鶏肉を咀嚼そしゃくしながら頷き、ビールで流し込むと深いゲップを吐きながら答えた。

「あいつとは、高校の軽音部けいおんぶで知り合って、音楽の趣味が近かったんで意気投合いきとうごうしたんだ」

「で、路上ライヴ辺りから始めたのか」

「ああ、『DOUBLAS』ってユニット名つけて。あいつが考えたんだけど、理由は知らない。俺はユニット名とか別にこだわり無かったし」

 叶は頷きつつカレーポテトを口に運び、想定外の辛さに顔を顰めて烏龍茶を飲んだ。その一方で、狩野が店員を呼んでカツ閉じ煮を注文した。

「で、その田中忍とどうしてたもとを分かつ事になったんだ?」

 額に噴き出した汗をおしぼりで拭いながら、叶が訊いた。狩野はジョッキに伸ばしかけた手を止め、己の手元をにらみつけて答えた。

「あいつは、疫病神やくびょうがみなんだ」


《続く》



 

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