ひとちがい #7

「ちょっと栞菜、声が大きいよ」

 興奮気味のアミリをたしなめてから、優美子が叶に向き直って話し始めた。

「あの、その人とは、半年くらい前に婚活こんかつアプリを通じて知り合って、それから、何度か食事に行ったりして、仲良くなったんです」

「婚活、て事は結婚を前提に付き合ってた?」

「いえ、その、最初は私、婚活アプリなんて使う気無かったんです、でも」

 一旦言葉を切った優美子が横目でアミリを見ると、呼応したアミリが口を開いた。

「あたしがやらせたの。優美子は奥手で、好きな男ができても告る勇気が出なくて結局他の女にさらわれたりするから、何かじれったくて」

 優美子が恥ずかしそうに身を縮めるのを一瞥いちべつしてから、叶はアミリに尋ねた。

「そう言う君は、婚活アプリやってんの?」

「いや」

 即座に否定したアミリが、スパゲティを頬張ほおばってから続けた。

「あたしは店で散々男と喋って飲んでるから、彼氏とか旦那とかはどうでもいいんだ、ひとりで生きてく自信あるし」

 いくつか湧き上がった疑問を頭の片隅に追いやると、叶は改めて優美子に水を向けた。

「ごめんね、脱線しちゃって。それで?」

「あぁ、はい、付き合い始めて三ヶ月くらい経った頃に、彼が仕事でトラブルになって、まとまったお金が必要だから助けてくれないかって頼まれて」

 話が不穏な方向に行き始め、叶は眉間みけんしわを寄せつつコーヒーを啜ってから訊いた。

「いくら渡したの?」

「五十万円です」

「結構な額だな」

 叶は険しい顔のまま感想を漏らした。独身女性がおいそれと用意できる金額ではないが、詐欺行為でだまし取るには中途半端な気もした。優美子は叶の言葉に頷き、話を続けた。

「その後も、週に一、二度は会って食事したり、デートしたりして、ひと月前にはジュエリーショップに入って婚約指輪について話したりしました」

「そう、その間、彼に変わった事は?」

「いいえ、何も」

 叶は優美子の返答に二、三度頷いてコーヒーを飲み干した。詐欺師の手口に詳しい訳ではないが、トラブル解決の名目で金を無心むしんするのは詐欺での常套じょうとう手段だと言う事は聞きかじっていた。

「それで、彼とはいつから会えなくなったの?」

 改めて叶が質問すると、優美子は困り顔でスマートフォンをながら答えた。

「えっと、一週間前です。来月休暇を取ったからふたりで海外旅行へ行こうって誘われて、私も有休を申請して、飛行機も予約して」

「ちょっと待って、君が飛行機の予約したの?」

 叶が優美子の返答に割り込んで問いかけると、優美子は戸惑った様な顔でうなずいた。

「はい。彼が給料日前でお金が無いから立て替えといてって言われて」

 叶の中で、詐欺師疑惑が濃くなった。男尊女卑だんそんじょひを支持する訳ではないが、男が自分から旅行を提案しておいて、後から理由をつけて女性に飛行機代を出させるのは、どうしても不自然に思えた。すると、スパゲティを完食したアミリが横から口を挟んだ。

「おかしいと思わない? そう言う時ってさ、本来なら男が金出すのが普通だろ? それを優美子にやらせて、いざ飛行機取れましたってなったら急に音信不通。これ絶対詐欺だって!」

 叶は興奮気味のアミリをなだめると、再び優美子に訊いた。

「彼とは電話で連絡取り合ってたの? それともメッセージアプリとか?」

「あ、基本はメールで、たまに電話もしましたけど。今はどっちも全然」

 優美子の答に、叶は腕組みをして考え込んだ。今時、メッセージアプリを使わない方が少数派だ。それにメールは携帯電話キャリア以外にいくらでもフリーメールアドレスが作れるから、身許を手繰たぐられる心配は低い。携帯電話だってその気になれば飛ばしの携帯を手に入れる事ができる。いよいよきな臭くなって来た所で、叶は優美子を真っ直ぐ見て告げた。

「判った。探してみよう」

「本当に? ありがとう!」

 優美子が答えるより早く、アミリが身を乗り出して感謝を述べた。優美子は苦笑いと共に、叶に向かって頭を下げた。叶はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出しつつ、優美子に訊いた。

「じゃあ、その彼、カノウ君の顔写真くれる?」

 すると、優美子の表情が曇った。

「それが、無いんです」

「どうして? デートした時にツーショットとか撮らなかったの? それに、婚活アプリって顔写真必要なんじゃないの?」

 叶が素朴そぼくな疑問を口にすると、優美子の代わりにアミリが答えた。

「あー、そのアプリ、写真無しでも登録できんの」

「そうなの?」

 叶が優美子に訊き直すと、優美子は頷いて自分のスマートフォンを取り出して操作し、画面を叶に見せた。

「これが、彼のプロフィールです」

 画面には、『狩野かのうリョウ』と言う人物の年齢や身長、趣味嗜好等が記載されたプロフィールが表示されていた。職業欄には『会社員』としか書かれておらず、写真を表示するスペースには、シングルのスーツを着た男性の首から下が写った画像が載っていた。

 スマートフォンを引っ込めた優美子が、さびしそうに言った。

「彼、写真を撮られるのが嫌いらしくって。自分の顔があんまり好きじゃないから、とか言ってて、私は格好良いと思ってるんですけど」

益々ますます怪しいだろ? そいつ」

 アミリが横から同意を求めて来たので、叶は曖昧に頷いたが、写真を撮られる事を極端にけるのは確かに怪しいし、プロフィールに載せた『狩野リョウ』と言う名前も偽名かも知れなかった。

 前途多難ぜんとたなんを予感しつつ、叶は席を立って財布から千円札を一枚取り出し、テーブルに置いて告げた。

「じゃ、他に何か思い出したりしたら連絡して」

「え? いや、コーヒー代はあたしが――」

 慌てて腰を浮かしかけたアミリを手で制すると、叶はふたりに手を振ってレストランを後にした。


《続く》

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