ひとちがい #6

 アミリは困惑する叶を無視して立ち上がり、小走りに寄って来た優美子を出迎えた。

「ごめ〜ん優美子、こんな時間に呼び出しちゃって」

 合掌がっしょうしてあやまるアミリを、優美子は優しくなだめた。

「ううん、大丈夫。こちらこそごめんね」

 叶は明後日あさっての方向に首を向けて、ふたりのやり取りを聞き流しながら水を飲んでいた。すると、アミリがあからさまな敵意を込めた口調で言った。

「それより、電話でも言ったけど見つけたよ、あんたをだましたカノウって最低野郎をね!」

「本当、に?」

 半信半疑はんしんはんぎ声音こわねの優美子を余所よそに、アミリは自信満々に告げた。

「本当だって、あんたが言ってた特徴とくちょう、背は百八十無いくらいのせ型、シングルのスーツを着ててちょっと格好良いって言うか気取ってる感じ、もうピッタリ! それに店で『カノウ』って名乗ったんだから絶対合ってる!」

 気取ってる、となかば馬鹿にした様に言われて、叶は自分の事じゃないのに意気消沈いきしょうちんした。すると、アミリが叶の肩を叩いて言った。

「ホラ! こっち向いて優美子に謝れ!」

 叶は扱いの悪さに嫌気が差しながらも、優美子の誤解ごかいを解く唯一の機会を逃すまいと、軽く咳払いをしてからグラスを置いてゆっくり振り返った。

 改めて対峙たいじした優美子は、ショートカットを真ん中分けし、通った鼻筋の上に大きめの黒縁眼鏡を掛けていた。その奥の顔に化粧っ気はとぼしく、やや目尻の下がった両目は少しうるんでいる様に見えた。首から下は、灰色のトレーナーに黒いスウェットパンツ、茶色のダッフルコートを羽織ってゴム製のサンダルをいた、如何にも急に自宅を飛び出した格好である。

 叶の顔を見た瞬間、優美子の端正たんせいな顔が悲しげにくもった。

「ごめん栞菜、人違いだよ」

「え! 違うの!? あちゃ〜ごめ〜ん」

 優美子の回答を聞いたアミリがまたしても合掌して謝罪しゃざいしているのを、叶はあきれながらながめていた。そこへ、ウェイトレスが和風スパゲティとコーヒーを運んで来た。優美子とアミリの間から差し出されたコーヒーを受け取った叶は、溜息をひとつ吐いてからコーヒーを口に運ぼうとした。すると、アミリが和風スパゲティを片手に持ったまま叶に顔を近づけ、申し訳無さそうな表情で言った。

「本当、ごめんなさい! 人違いだって。完全にあたしの早とちりでした〜」

 あまりの顔の近さと、それにともなう香水の香りに気圧けおされそうになりながら、叶は微笑を作って答えた。

「わ、判ってくれりゃいいんだよ」

 続けて、アミリの横から優美子が言った。

「あの、私からも謝ります、御迷惑をおかけしました」

 コーヒーを飲むタイミングをいっしながら、叶は謝罪を受け入れた。するとアミリが、優美子を促してシートに腰を下ろしながら告げた。

「じゃ、もうお引き取り頂いて大丈夫ですから。あ、コーヒーのお代は約束通りお支払いしますから御心配無く」

「は?」

 口調は丁寧ていねいだが、追い返そうとしている様にも聞こえるアミリの物言いが、叶のかんさわった。

「ちょっと待てよ、こっちは君に関節まで極められて痛い思いしてんだぜ、それで人違いだったから帰っていいって、そりゃないだろ」

「それは、そうだけど」

 何故か不満そうに口籠くちごもるアミリの横で優美子がフォローした。

「本当にごめんなさい、私が栞菜に曖昧あいまいな事言ったからいけないんです」

 叶は鼻から大きく息を吐き出してからコーヒーをひと口すすり、おもむろにジャケットの内ポケットに手を突っ込みながら言った。

「こんな目にって、タダで帰る訳に行くか」

「え?」

 アミリと優美子がユニゾンする前で、叶は名刺入れを取り出して中から名刺を一枚抜き、テーブルに置いた。

「オレ、探偵なんだ。良かったら、話聞かせてくれるかな?」

「探偵?」

 再びユニゾンしたふたりが、名刺を見下ろして関心した様に頷いた。叶はリアクションを面白がりつつコーヒーを飲み干し、呼び出しボタンを押してウェイトレスを呼んだ。

「取りえず、それ食べなよ。冷めるぜ」

 アミリに食事をすすめてから、叶は寄って来たウェイトレスにコーヒーのお代わりを頼み、優美子にもオーダーを促した。ひかえめに頷いた優美子がコンソメスープを頼み、ウェイトレスが立ち去った所で叶が改めて切り出した。

「それで、君が探してる方のカノウってのは、どんな男?」

 優美子が口を開きかけた刹那せつな、アミリが鋭く割り込んだ。

結婚詐欺師けっこんさぎしよ!」

「けっ、こん、詐欺さぎ?」

 叶が両目を見開いて、アミリと優美子を見返した。


《続く》


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