ひとちがい #5

 叶は何とか脱出をこころみるが、右腕を背中で折りたたまれている上に手首をじられているので、無理に力を入れて振りほどこうとすれば最悪肩が外れるか肘が折れる危険性があった。一方のアミリは、スマートフォンを耳に当てながらも叶の抵抗ていこうふうじるため爪先つまさきで叶の右膝裏を蹴り、地面に膝を着かせた。その拍子ひょうしに極められた右腕がさらに深く曲がり、叶は苦痛に顔をゆがめた。

「クソ、タダモンじゃないな、この娘」

 左手を右肩に当てつつ負けしみをつぶやく叶の後ろで、アミリがしゃべり始めた。

「あ、もしもし優美子ゆみこ? あたし。ごめんねこんな時間に、それよりさ、あんたが探してたカノウって男、見つけたよ!」

 スマートフォンのスピーカーかられる、若い女性の『うそ!?』と言う甲高かんだかい声が叶の耳にも入った。

「オ、オイ、ちょっと、オレにも話させてくれよ」

 叶が懸命けんめいに首をアミリの方へ捻じ向けて頼むが、答える代わりに右腕を極める力を強めながらアミリは優美子との通話を続けた。

「あのさ、悪いんだけどこっちまで来てくれる? 本当ごめん、じゃあ、店の近くのファミレスに居るから、じゃね!」

 通話を終えたアミリは、いた手で叶のジャケットの後えりを掴むと、右腕を更にひねりながら引き立てた。

「さぁ、絶対に逃がさないわよ、いらっしゃい!」

 されるがままの叶だが、それでも拘束こうそくから逃れようとアミリに話しかけた。

「なぁ、もうちょっと説明を――」

「うるさい! 行くわよ」

 アミリは叶の言葉をさえぎると、後ろから叶の肩を押して歩く様に促した。


 先程の電話で指定したらしい二十四時間営業のファミリーレストランが見えて来た辺りで、アミリが叶の腕を極めたまま問いかけた。

「ねぇ、逃げないって約束する?」

「どうして?」

 叶が顔を横に向けて訊き返すと、アミリはするどい視線で叶を見返して答えた。

「こんなカッコでファミレスになんか入れないでしょ? 約束してくれたら腕を放してあげるわ、ついでに彼女のフリもしてあげる」

 もっともなアミリの提案ていあんに、叶は微笑しつつ頷いた。

「そいつはありがたいね。OK、約束するよ、ついでにメシもおごってくれないかな? 君の店での支払いのお陰で、ふところがすっかり軽くなっちまって」

「いいわよ、コーヒーくらいならね」

 緊張きんちょうにじませた声で返すと、アミリはゆっくりと叶の右腕を解放した。ようやく自由を取り戻した右腕をいたわる様にゆっくり回してから、叶はアミリに右手を差し伸べた。

「何の真似まね?」

 困惑こんわくするアミリに、叶は事もなげに言った。

「してくれるんだろ? 彼女のフリ」

「そうだったわね」

 アミリは警戒心けいかいしんを目に宿やどしながら叶に近づくと、叶の右腕に自らの両腕をからませた。大胆とも取れるアミリの行動に、誘ったはずの叶がやや顔を赤らめた。その反応を面白がる様に、アミリが上目遣うわめづかいで叶を見上げて言った。

「さ、行きましょ」

「あ、ああ」

 今度は叶が困惑する番だった。妙にぎこちない足取りでファミリーレストランの扉を押し開けたふたりを、ウェイトレスが出迎でむかえた。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「あ、えっと」

 返事にきゅうする叶の横から、アミリが笑顔で告げた。

「あ、後でもうひとり来ます」

「お待ち合わせですね、かしこまりました。当店は全席禁煙ぜんせききんえんでして、お煙草たばこ喫煙室きつえんしつのみでのご利用ですがよろしいですか?」

「大丈夫、煙草吸わないから」

 今度は叶が答えた。頷いたウェイトレスが、ふたりを席へ案内した。時間帯もあるのだろうが、客の数はまばらだったので通りに面した窓側の四人席に陣取じんどる事ができた。

 ウェイトレスが水の入ったグラスをふたつとおしぼりを二本用意し、テーブルに置いて立ち去ったのを見送ると、叶がテーブルに肘を着いてアミリに尋ねた。

「さっき電話してた、ユミコだっけ? 君とどう言う関係?」

 アミリはテーブルの上に開かれたメニューを取り上げて吟味しながら答えた。

幼馴染おさななじみ

「その幼馴染に一体何があったんだ?」

 叶がなおも問うと、アミリはメニューから目を上げて強い口調で言い放った。

「とぼけないで! 優美子が来たら全てハッキリしてもらうからね」

 アミリのかたくなさに叶が閉口へいこうしていると、メニューを閉じたアミリがテーブルのすみに置かれた呼び出しボタンを押した。程なく、手にオーダーを取る為の端末たんまつを持ったウェイトレスがふたりのかたわらに立った。アミリは和風スパゲティを注文した後に、叶に目を転じて確認した。

「コーヒーでいいでしょ?」

 この場の会計責任者に逆らう訳には行かないので、叶はかすかな空腹を覚えつつ頷いた。端末にオーダーを打ち込んだウェイトレスから、コーヒーを持って来るタイミングを訊かれた時に、アミリが答えるより早く叶が先に持って来る様に頼んだ。せまり来る空腹をまぎらわすだけでなく、異常な敵愾心てきがいしんを向けて来る女性と差し向かいと言う状況を何とかやり過ごす意味もあった。

 数分後に、ふたり分のコーヒーが運ばれて来た。優美子と言うらしい幼馴染が現れない限り詳しい話をしようとしないアミリと世間話をするでもなく、叶は居心地いごこち悪そうにコーヒーをすすった。

 入店から十分以上が経過けいかし、アミリが注文した和風スパゲティが運ばれて来た頃、出入口の扉が押し開けられてひとりの若い女性が入って来た。その直後、アミリが手にしかけたフォークを置いて顔を上げ、女性に向かって手を振った。

「優美子!」

 声をかけられた優美子が、アミリを認めて手を振り返した。

栞菜かんな!」

「カンナぁ?」

 優美子が発した名前におどろいた叶は、目を丸くしてふたりを見比べた。


《続く》

  

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