ブラッド・ライン #24

 搬送先の病院で左肩の縫合ほうごうを受けた叶は、そのままひと晩入院する羽目におちいった。久しぶりに三角巾さんかくきんで左腕を吊った叶は、てがわれた病室のベッドに腰を下ろすと、周囲に気をつかいながらスマートフォンを取り出した。メッセージアプリの通知が来ていたので開くと、玲奈からのメッセージが表示された。

『家帰った ケーサツに色々きかれてなえた』

『弁護士さんに送ってもらった』

『なんかハイエナが文句言ってたよ よくわかんないけど』

『アニキの車 ケーサツにあるって』

『いのりさんも心配してたよ』

 叶は苦笑してスマートフォンをしまい、ベッドに横たわった。


 翌日、叶は病室で警察の事情聴取を受けた。その場に瑠璃香が立ち会い、叶をフォローした。

 警察が病室を出たのを見送ってから、瑠璃香が叶に深々と頭を下げた。

「ごめんなさい。私の所為で迷惑かけて、怪我までさせてしまって」

 叶は笑顔でかぶりを振る。

「いいって。ケガしたのはオレが間抜けだったからだし、それにアンタが拉致されたのだって、よく考えりゃ想像がついた。悪いのはオレだ」

「でも」

「まぁとにかく、無事で良かった。ああそれと、玲奈を送ってくれて、ありがとう」

 叶が礼を言うと、瑠璃香は申し訳無さそうに再び頭を下げた。


 退院手続きを済ませ、瑠璃香と共に病院を出た叶の前に、不満そうな顔の西条が現れた。

「そろそろ出て来る頃だと思ったぜ」

「さすがに鼻が利くな」

 叶の皮肉に、西条が真顔で返した。

「悪いけど己はともちんの退院祝いに来た訳じゃねぇ。用があるのは、アンタだ! 女弁護士さん」

 西条に指を差された瑠璃香が、目を見開いて訊いた。

「私? 一体何の用ですか?」

「何の用? じゃねぇよ、アンタがあの動画の事をサツにバラしちまうから、スマホごと没収ぼっしゅうされちまったじゃねぇかよ! おかげで特ダネがパーだぜ、どうしてくれるんだよ!?」

 瑠璃香を睨みつけて詰め寄る西条を、叶が自由になる右手で制した。責められた瑠璃香は少し後ずさりしながらも、真っ直ぐ西条を見て言い返した。

「そんなの、自業自得じごうじとくでしょ? 目の前で私が拉致されたのに警察に通報もしないでのうのうと動画なんか撮ってるのがいけないのよ! あの動画は立派な証拠なんだから、警察に貢献こうけんできて良かったじゃない」

「警察に貢献? コイてんじゃねぇよ、サツにいくら協力したって特ダネも取れなきゃ金にもならねぇだろうが! 賠償ばいしょうしろ賠償!」

「そんな義務はありません!」

「何だとコノ――」

「ふたりともよせ! 場所をわきまえろ」

 たまらず叶が声を上げると、西条と瑠璃香は睨み合いつつほこを納めた。叶は溜息を吐いてから、西条に向かって言った。

「昨日は、助かった。悪かったな、特ダネ台無しにして」

「いや、別に、ともちんが謝る事じゃねぇから。じゃ、じゃあな!」

 何故か動揺しながら、西条が捨て台詞を残して踵を返した。叶と瑠璃香は、笑みを漏らしてその後ろ姿を見送った。


 二日後、『WINDY』を貸し切っていのりの誕生日パーティーが催された。玲奈に懇願こんがんされた叶が風間に話を持ちかけて実現した。いのりの大学の友人達やアルバイト先の同僚も、二十歳を迎えたいのりを祝福する為に駆けつけた。叶の懐から、今回の依頼料が殆ど旅立ったが、叶の心はむしろ温かかった。

 風間が近所の洋菓子店にオーダーしたバースデーケーキを提供すると、場の盛り上がりが増した。照明が落とされた中で、いのりはケーキの上に灯る二十本の蝋燭ろうそくの火を、ひと息に吹き消した。直後に、玲奈達が一斉にクラッカーを鳴らした。

「いのりさん、お誕生日おめでと〜!」

 玲奈が店内一杯に響き渡る声で告げ、周囲が割れんばかりの拍手を贈った。いのりは笑顔で礼を述べる。

「玲奈ちゃん、皆、本当にありがとう。今までで一番幸せな誕生日です!」

 ウェイトレスがシャンパングラスを配って回り、その後に風間がノンアルコールシャンパンを注いだ。カウンター席の端に座る叶にも、シャンパンが振る舞われた。

「ノンアルだからな、傷にはさわらんだろ」

 ボトルを示しながら言う風間に微笑で答えた叶は、嬉しそうに祝福に答えるいのりを眩しそうに見つめつつ、ひと息にシャンパンを飲んだ。そこへ、風間が出入り口を指差して小声で言った。

「あの女性、知り合いか?」

「えっ?」

 叶が視線を移すと、扉に嵌まったガラス越しに中の様子を窺う瑠璃香の姿が見えた。叶はいのり達を一瞥いちべつすると、そっとスツールから腰を上げ、グラスをカウンターに置いて出入口へ向かった。


《続く》


 

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