ブラッド・ライン #23

 左肩の傷を確認する叶に、西条が歩み寄った。

「大丈夫かともちん?」

「ああ、かすり傷だ」

 叶がうそぶくと、西条は笑みをこぼして煙草を取り出した。そこへ、悲壮な顔の玲奈が駆けつけた。

「アニキ大丈夫!?」

「大丈夫だよこのくらい」

「でも、血出てるよ?」

「心配無いって」

 不安げに見上げる玲奈をなだめる叶に、後から来た瑠璃香が言った。

「駄目ですよ、止血しなきゃ」

「いや、そんな」

 叶は断ろうとするが、瑠璃香はパンツのポケットから純白のハンカチを取り出して強引に叶の左肩へ当てがった。たちまち、ハンカチが深紅に染まる。

「ありがとう」

 叶が礼を言うと、瑠璃香は軽くかぶりを振ってから西条に向かって告げた。

「健康増進法で、室内は全面禁煙ですよ」

 火を点ける寸前で注意された西条が、不満そうに唇を尖らせて反論した。

「え〜? 硬い事言うなよ、半分外みてぇなもんだろうがよ?」

「駄目です」

 強硬な姿勢の瑠璃香が煙草を取り上げそうになったので、西条は慌ててしまい込む。その様子を見つつ、叶が西条に質問した。

「で、何でオマエはここに来てたんだ?」

「そうだよ、何でハイエナがここに居るの?」

 横で玲奈も同調する。西条は面倒臭そうに視線を宙に泳がせながら答えた。

「いや〜、何か椛島の所よりかあいつ等の方をマークしてた方が面白いんじゃねぇかって思ってさ、今朝から張ってたのさ。そしたら案の定、この弁護士さんひっ捕まえてたからさ、動画撮りながらくっついてたんだよ」

「何? 動画!?」

 叶が目を丸くして更に訊くと、西条は自慢げにスマートフォンを出して動画を再生した。確かに、四人組が瑠璃香を無理矢理アルファードに押し込む場面が鮮明に録画されていた。画面を覗き込んだ瑠璃香が狼狽ろうばいして西条を問い詰める。

「貴方、あの場に居たの? なら何で警察に通報しなかったの? こんな動画撮ってるひまあったらできたでしょう?」

 余りの剣幕けんまくに、西条は背を反らせながらも薄笑いを浮かべて抗弁した。

「そんな、通報なんてする訳無いじゃん、事と次第によっちゃ椛島に対する恰好かっこうの交渉材料になるかも知れないんだからさ」

「何ですって!?」

 身勝手な理由を述べる西条に、瑠璃香が今にも掴みかかりそうな勢いで声を荒らげた。叶は咄嗟にふたりの間に入り、瑠璃香を宥めつつ西条に注意した。

「まぁまぁ、落ち着いて。オマエも正直に言い過ぎだ」

「根っからの正直者なもんで」

 西条は全く悪びれずに混ぜ返す。その態度が瑠璃香の怒りの火に油を注ぐが、叶が行く手をはばんでいるので歯噛みして睨みつける事しかできない。その時、外からサイレン音が聞こえた。

「警察か?」

 叶が言うと、西条の顔色が変わった。

「やべぇ、ずらかんねぇと」

 慌ててその場を離れかけた西条の襟首えりくびを、瑠璃香の右手がしっかりと掴んだ。

「うぉ、おい何すんだよ!?」

「逃がさないわよ! 事情聴取、受けてもらいますから」

「なぁんでだよ〜、己は関係無いね」

 尚も逃げようとする西条だが、瑠璃香は襟首を掴んだ手に一層の力を込めつつ、毅然きぜんとした口調で返した。

「いいえ、関係大ありよ! 目撃者として警察でキッチリと証言してもらいますから」

「そんなぁ〜」

 ボヤく西条に、叶が笑顔で言った。

あきらめろハイエナ、今回は相手が悪い」

 西条の舌打ちをかき消す様に、複数の警察官がスロープを駆け下りて来た。叶は安堵あんどの溜息を吐くと、左肩を押さえて床に片膝を着いた。

「ちょっとアニキ! 大丈夫じゃないじゃん!?」

 驚いた玲奈がかがみ込んで顔を覗き込む。叶は笑顔を作って言った。

「大丈夫だって。ちょっと血が出過ぎだだけだよ」

「でも」

 心配そうな玲奈の後ろで、瑠璃香が駆けつけた警察官のひとりに救急車を要請ようせいしていた。そのそばでは、西条が刑事とおぼしきスーツ姿の中年男性に何やら訊かれてしきりに首を傾げていた。

「救急車呼んでもらったから、治療を受けてください」

 瑠璃香に告げられた叶は、玲奈の助けを借りて立ち上がると、笑顔で礼をべた。

「済まん、ありがとう」


《続く》


 

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