ブラッド・ライン #22

 雄叫おたけびと共に金髪に飛び蹴りを食らわせたのは、ブルーのスーツに身を固めた西条だった。その右手にはスマートフォンを持っている。横合いから顔面に革靴の底をぶつけられた金髪が勢い良く吹っ飛び、後の三人が思わず足を止めて金髪の行方を目で追った。

 西条はわざとらしく膝の辺りを軽くはたくと、叶に向かって胸を反らせて微笑んだ。

「正義の味方、参上! なんつって」

 叶が何かを言うより早く、後ろから玲奈が喚いた。

「あー! ハイエナ!」

 想定外の方向からの声に、西条の膝から力が抜けた。

「ちょっとちょっと、勘弁してよせっかくこうやってマサ・ダンダの服でおめかししてんのに」

 抗議する西条に、叶が呆れ顔で訊いた。

「こんな所で何やってんだ? トップ屋が欲しがるネタなんかここには無いぞ」

「別に己だって好きで来た訳じゃ、ってともちん後ろ!」

 西条の指摘を受けた叶が振り返った刹那せつな、早川のナイフが顔面目がけて突き出された。咄嗟に頭を振ったものの、かわし切れずに頬骨の下辺りを切られた。

「痛ッ」

 顔をしかめて後ずさる叶に、早川が薄笑いを浮かべて言った。

他所見よそみする余裕があるのか?」

 叶は傷口に指を当てて血を拭うと、身構えて言い返した。

「オマエこそ、不意打ちしなきゃならんくらい余裕が無いんじゃないのか?」

「何?」

 早川が顔色を変えた。ナイフを握り直して半身に構える。

 叶の後ろでは、起き上がった金髪を含む四人組が西条と対峙たいじしていた。西条はスマートフォンをジャケットの内ポケットにしまいながら叶に向かって大声で告げた。

「ともちん! こっちは己に任せとけ! 来やがれチンピー電撃隊!」

 途端に、四人組が激昂げっこうして喚き立てた。

「何だそりゃあ!?」

めとんのかコラァ!?」

「ぶっ殺すぞオッサン!」

「死にてぇかオォ!?」

 だが西条は微笑すら浮かべて、四人組に向かって手招きした。

「吠えてねぇでかかって来い」

「やっちまえ!」

 金髪の号令で、四人が一斉に西条に襲いかかった。

 叶は後ろで始まった乱闘を背中で感じながら、早川のナイフをかわしていた。先日やり合った四人組のひとりとは違い、ナイフを突き出した後の引きが速く、反撃のキッカケが掴めない。ジリジリと後退させられる叶のかかとが、コンクリートの床に生じた亀裂に引っ掛かった。

「うわっ」

バランスを崩して後ろへ倒れ込む叶に向かって、すかさず早川が間合いを詰めた。ナイフを真っ直ぐ、叶の心臓目がけてり出す。叶は両腕を交差させてナイフを持った手首をね上げようとするが、間に合わずに左肩を切られてしまう。

「ぐあっ」

 声を上げながら仰向けに倒れた叶を見下ろした早川が、ナイフを逆手さかてに持ち変えて一気に振り下ろした。スロープの中程から戦況を見つめていた玲奈が思わず絶叫した。

「アニキィ!!」

 叶は肩の痛みを堪えながら両手で早川の手首を掴み、眉間まで数センチの所で辛うじてナイフを止めた。だが早川は叶に馬乗りになり、ナイフの柄尻つかじりに左掌を当てがって体重を乗せた。叶の顔が紅潮し、切られた肩から鮮血が流れ出る。圧倒的優位に立った早川が、勝利を確信した顔で言った。

「探偵、遺言を残すなら、今の内だぞ?」

 すると、それまで苦しげに歯を食いしばっていた叶が、不意に笑みをこぼした。馬鹿にされたと思ったのか、早川が表情を引き締めて顔を近づけて訊いた。

「何がおかしい?」

 叶は刺す様な眼差しを早川に向けて言った。

「口がくせぇよ」

 その瞬間、叶が両手を左に振ってナイフを外し、頭を跳ね上げて早川の鼻柱へ頭突きを入れた。

「ぶぉっ」

 予想外の一撃を食らい、早川が思わずナイフを放して顔を押さえた。その隙に早川の下から脱出した叶が、無防備な早川のこめかみ目がけて、渾身こんしんの力を込めた右ストレートを振り下ろした。

「がっ」

 にぶい音と共に、鼻からおびただしい量の血液をほとばしらせて早川が昏倒こんとうした。肩の痛みに顔を歪めながら、叶がつぶやいた。

「目から火の出る、重力パンチって奴だ」


《続く》


 

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