ブラッド・ライン #21

 四方を『安全第一』と書かれたオレンジ色と黒のツートンカラーのフェンスに囲まれた廃ビルの前に、叶はバンデン・プラを停めた。フェンスの一部に『管理地 (株)椛島不動産』と記されたプレートが貼ってある。叶は鼻を鳴らすと運転席を出た。直後に助手席から、ハーフコートのフードを目深まぶかに被ったいのりが出て来た。ふたりはフェンスの一角が不自然にこじ開けられている隙間に身体を捻じ入れて中に入った。ビルとフェンスの間には、膝くらいの高さまで伸びた雑草が群生して、進行をはばむ。叶はスマートフォンをライト代わりに足元を照らしながらビルへと進んだ。いのりも覚束おぼつかない足取りで後に続く。

 ビルに辿り着くと、地下駐車場らしきスペースから明かりが漏れているのが見えた。叶はスマートフォンをしまい、中を覗き込みながらゆっくりと地下へ続くスロープをいのりと共に下った。

 下りが終わった所で、奥から男の声が飛んで来た。

「止まれ!」

 叶が足を止めると、その背中にいのりがぶつかった。「痛っ」と軽く声を出すと、叶は肩越しに振り返って「悪い」と返した。

 向き直った叶が彼方を見ると、全身白で固めた長身の男が、瑠璃香の首に右手でナイフを当てがっていた。その後ろに、先日叶に蹴散らされた四人組が並んでいた。

「娘は?」

 白服が顎を上げて訊いた。叶は身体を横にずらしていのりの姿を見せた。

「連れて来た。その人を放せ」

 叶の言葉に、白服はかぶりを振った。

「娘を渡せ」

「そうは行くか、渡した途端にどっちも殺すつもりだろう?」

 叶が反駁すると、白服は肩をすくめた。

「信用されてない様だな」

「当たり前だ、ヤクザの言う事なんぞ信用できるか」

「何だとテメェコラァ!?」

 白服の後ろから五分刈りが喚いたが、白服のひと睨みで黙った。数秒考えてから、白服が提案した。

「よし判った、それじゃ真ん中で交換と行こうか。それなら文句あるまい?」

 叶も間を数秒取って頷く。

「OK」

 白服が瑠璃香を前に押し出し、ナイフを背中に移して歩き出した。呼応した叶が、いのりの肩に手を置いて一緒に前へ進む。

 互いに十メートル程前進した所で立ち止まると、白服が瑠璃香の背中を空いた左手で押した。つんのめる様に前へ出た瑠璃香を受け止めると同時に、叶はいのりの肩から手を離した。いのりはゆっくりと白服に近づく。いのりの姿を横目で見た瑠璃香が、表情を険しくして叶を見た。目を合わせた叶は、瑠璃香に向けて軽くウィンクして見せる。

 いのりを迎えた白服が、ナイフを持つ右手を引っ込めて左手を差し出した。その時、いのりの右手が高速で伸び、白服の鳩尾にめり込んだ。

「グフッ」

 呻き声を上げて腹を押さえる白服からバックステップしたいのりが、頭を覆うフードを後方へめくった。現れた顔はいのりではなく、玲奈だった。

「ザマァミロ! ベェ〜だ!」

 玲奈は白服に向かって舌を出すと、脱兎の如く叶の後ろへ逃げた。直後に四人組が白服に向かって駆け出す。叶は視線を白服に固定したまま玲奈に告げた。

「よくやった玲奈、先生連れて逃げろ」

「了解! ギャラ弾んでよね!」

「言ってろ」

 苦笑する叶を置いて、玲奈が戸惑っている瑠璃香の腕を引っ張った。

「ホラ行くよ弁護士さん!」

「え、何なの探偵さん?」

「ウチが説明するから、さぁ早く!」

 瑠璃香が玲奈に連れられて行くのを気配で確認した叶の前で、四人組が白服を介抱していた。

「早川さん! 大丈夫ッスか!?」

 金髪が声をかけると、早川と呼ばれた白服は頷いて告げた。

「お、お前等は、あの女達を追え、絶対逃がすな」

「判りました」

 金髪が請け合うが、叶が両手を広げて言った。

「そうはさせるか」

 すると、早川が顔を歪めながら叶に向かって大きく踏み込み、右手のナイフを突き出した。寸での所で避けた叶に、早川が口の端を上げて言った。

「貴様の相手は、この俺だ」

 叶がファイティングポーズを取りながら舌打ちする間に、四人組が叶の横を走り抜けた。叶がわずかに振り返ると、玲奈と瑠璃香はまだスロープの途中だった。四人組がふたりを追ってスロープに差し掛かったその時、柱の陰から人影が飛び出して先頭の金髪に激突した。

「トォーウ!」


《続く》

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