ブラッド・ライン #18

 着替えを済ませ、ハーフコートを羽織はおって出て来たいのりを伴い、叶と玲奈は五○三号室を離れた。いつも通り階段で下ろうとする叶の前に、玲奈が立ち塞がった。

「ちょっとアニキ、いのりさん居るんだからエレベーター使ってよ!」

 一瞬難色を示しかけた叶だったが、いのりを気遣ってエレベーターへ方向転換した。途端に玲奈が叶の前に出て下降ボタンを連打した。その後ろ姿に、叶が問いかける。

「実はオマエが乗りたいだけなんじゃねぇか?」

「ウーン、それも、ある」

 肯定こうていする玲奈の目の前でエレベーターの扉が開いた。すかさず中に滑り込んだ玲奈が、『開』ボタンを押しながらいのりに手招きする。微笑混じりに頷いたいのりが続き、最後に叶が乗り込んだ。

 マンションを出た三人は、バンデン・プラに乗って繁華街へ向かった。移動中、玲奈といのりは後部座席で様々な話をして早速打ち解けていた。叶は時折バックミラーで楽しげなふたりを見ながらハンドルを握っていた。

 叶はバンデン・プラを繁華街の端にあるタワー型の駐車場に入れた。いのりと連れ立って車を降りた玲奈が、叶の腕を引いて告げた。

「さ、行くよアニキ!」

「行くって何処へ?」

 叶が質問するが、玲奈は「いいから!」とスルーしていのりと一緒に先に立って歩く。されるがままの叶が連行されたのは、大通り沿いのゲームセンターだった。やや耳障りな店内のBGMに顔をしかめながら、叶が玲奈に尋ねる。

「何だ? 格闘ゲームでもするのか?」

「そんな訳無いじゃん!」

 半ば呆れ顔で返す玲奈は、いのりと並んでエスカレーターに飛び乗った。遅れて叶もステップに足を乗せる。そのままふたりについて行った叶が辿り着いたのは、プリクラ機の前だった。軽く溜息を吐いて、撮影スペースに入り込むふたりを見送った叶に、何故か戻って来た玲奈が右のてのひらを見せながら言った。

「お願い!」

「は?」

 玲奈の意図を見抜きつつも、叶はとぼけた。玲奈は頬をふくらませて返す。

「は? じゃなくてお金! 判ってんでしょ?」

「そのくらい自分で出せよ」

 叶が冷たくあしらうと、玲奈は情けない表情で縋りついた。

「え〜、給料日前なの〜出してよ〜!」

「オマエなぁ〜」

 叶が玲奈の要求を突っぱねようとした所へ、いのりが言った。

「玲奈ちゃん、いいよ、私が出すから」

「ダメだよ、いのりさんはそんな事しなくていいの」

 慌てて止めに入った玲奈が、肩越しに叶を睨みつける。叶は天を仰いで溜息を吐いてから、ふたりに歩み寄った。

「判った判った。ホラ」

 叶はジャケットの内ポケットから千円札を二枚取り出して玲奈の鼻先に突き出した。異常な速さで紙幣しへいを掴み取った玲奈が、嬉しそうに口角を吊り上げた。

「そう来なくっちゃ!」

 それから、ふたりは複数のプリクラ機を回って撮影を楽しんだだけでなく、叶も巻き込んで撮影に興じた。戸惑いながらも、いのりの屈託くったくの無い笑顔を見た叶は安堵し、心の中で玲奈に感謝した。


 ゲームセンターを出た三人は、またしても玲奈の主導でカフェに入った。先にカウンターに取り付いた玲奈は、いのりとふた言三言会話してからオーダーし、叶に目配せした。叶は無言で頷き、席を取りに行ったふたりを見送ってから自分のコーヒーを注文して、三人分の会計を済ませた。

 数分後、生クリームがたっぷり乗ったカフェラテ二杯と、ブレンドコーヒーが乗ったトレーを受け取った叶が、ふたりの待つテーブルに歩み寄った。

「お待たせ」

「サンキュー、アニキ」

 笑顔で迎えた玲奈がカフェラテを取り、ひとつを隣に座るいのりに渡す。叶が対面に腰を下ろすと、いのりが遠慮がちに告げた。

「あ、いただきます」

「どうぞ」

 微笑して促す叶の前で、玲奈がカフェラテに太いストローを突き刺して勢い良くすすっていた。

「オマエももうちょっと謙虚になれよ」

 叶が苦言をていすると、玲奈は唇を尖らせて返す。

「い〜じゃん別にぃ〜、あ、ケーキも頼めば良かったかなぁ?」

「ったく、人の金だと思いやがって」

 叶が悪態あくたいを吐きながらコーヒーを飲んでいる間に、玲奈はいのりとトークを再開していた。


 三十分近く居座ったカフェを出ると、玲奈が叶に指示を出した。

「アニキ! 次は洋服見に行くよ!」

「はいはい」


《続く》

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