ブラッド・ライン #16

 叶と西条は、『椛島不動産』から程近い場所にあるカフェに入った。だが、店内を見回した西条の顔色が優れない。

「どうした?」

 叶か訊くと、西条は渋面しぶづらで答えた。

「喫煙スペースがねぇ」

「そのくらい我慢しろ、別に一時間や二時間居る訳じゃねぇんだから」

 冷たく言い放つと、叶は先に立ってカウンターへ行き、ブレンドコーヒーを注文した。すると後ろから西条が伸び上がって店員に告げた。

「己、カプチーノ」

「オイ、おごんねえぞ?」

「じゃツケといて」

 言うが早いか、西条は叶を置き去りにして奥の二人掛けの席を占拠せんきょした。仕方無く一緒に会計を済ませて、叶は二客のカップが乗ったトレーを持って西条の対面に腰を下ろした。

「サンキューともちん」

 軽いノリで礼を言う西条を睨みつけて、叶はブレンドを啜った。

「それで、オマエは何で『椛島不動産』を張ってた?」

 叶の問いに、西条はカプチーノをひと口飲んでから答えた。

「あそこの社長ってさ、マサ・ダンダの腹違いの弟なんだって」

「ほぉ、それがどうした?」

 冷静に返す叶を見て、西条が眉をひそめる。

「あれ? 驚かないな? さてはともちんも知ってたな?」

「そんな事はどうでもいい、続けろ」

 叶が指示すると、西条は唇を尖らせた。

「へいへい、その社長の椛島ってさ、昔はヤクザと組んで地上げなんかやってて相当羽振りが良かったらしいんだけどさ、暴対法以来パッとしなくなって、挙げ句の果てには地面師じめんしだまされて億の損失出しちまった」 

 地面師とは、土地の所有者をかたって売買を持ちかけ、代金を騙し取る詐欺さぎ師の事である。つまり、かつては犯罪まがいの行為で利益を得ていたが、逆に犯罪行為の片棒かたぼうを担がされて痛い目を見たと言う事だ。

因果応報いんがおうほうだな」

 叶が突き放す様に言うと、西条も頷いて続ける。

「まぁそんな訳で、てめぇの足元がヤバくなった椛島は、それまでほとんぼつ交渉だったマサ・ダンダに擦り寄り始めた。マサ・ダンダの方も最初は兄弟のよしみって奴で話を聞いてたらしいんだが、椛島の過去を掘ってヤクザとのつながりを突き止めた途端に邪険じゃけんに扱い始めたんだと」

「そりゃそうだろ。いくら血を分けた兄弟だからって、すねに傷持ってる奴と積極的に関わる気にはならんさ」

「それでヘソを曲げた椛島は、昔付き合いのあったヤクザを使ってマサ・ダンダに対して色々やった訳」

「嫌がらせか? スジ者と付き合うと考えが単純になるらしいな」

 呆れ顔で言い、叶はブレンドを飲み干した。西条もカプチーノを飲み干して鼻を鳴らす。

「言えてる。まぁともかく、何とかマサ・ダンダから金を引き出そうとした椛島は、嫌がらせの一方でやっこさんの身辺を徹底的に調べさせた。そしたら、とんでもねぇネタを掴んじまった」

「何だそれ?」

 叶がとぼけて尋ねると、西条は口角こうかくを吊り上げた。

「マサ・ダンダが何年も前からパーキンソン病に罹って、そろそろ危ねえらしいって事」

「パーキンソン病か、しかしオマエよくそこまで調べたな、どんな手使ったんだ?」

「言うかよ、いくら己とともちんの仲でもこればっかりは企業秘密だ」

 西条は自慢げに胸を反らせたが、叶はこれ以上の情報が得られそうにない事を感じて軽く失望した。

「で、そっちは?」

 西条からの質問に、叶は判らないふりをして見返した。

「何が?」

「何がじゃねぇよ、己ばっかりに喋らせてないで、ともちんも何か教えてよ。守秘義務とか無しね」

 西条の切り返しに、叶は溜息を吐いてから返した。

「マサ・ダンダと椛島は、遺産相続で揉めてる。オレはマサ・ダンダの顧問弁護士からの依頼で動いてる。言えるのはそれだけだ」

「遺産? 相続? そんなにヤバいのかマサ・ダンダは?」

 身を乗り出して訊く西条を、叶は右手の人差し指を立てながら制した。

「声がデカい、マサ・ダンダの病気が公表されてないのはオマエも知ってるだろ」

 西条は小刻みに頷くと、空のカップを取り上げて口に運び、既に中身が無いのを思い出して苦笑した。叶は真剣な眼差まなざしで西条を見据え、低い声で告げた。

くわしい事は言えんが、この件はもう人の命がかかってる。変に突っつくなよ」

 不敵な表情で反駁はんばくしようとした西条だが、叶の目からの圧に思わず頬を引きつらせた。

「時間取らせて悪かったな、取り敢えず今日はツケといてやる」

 叶は立ち上がりざまに告げると、西条に背を向けて店を出た。小走りにバンデン・プラへ戻ると、幸い駐車禁止の取り締まりには引っかかっていなかった。


《続く》

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