ブラッド・ライン #15

 瑠璃香を『ラピスラズリ法律事務所』へ送った叶は、車中で瑠璃香から得た情報を頼りにバンデン・プラをマサ・ダンダの異母弟が経営する不動産会社へ向かわせた。

 都心から外れた地域に自社ビルを建てる『株式会社 椛島かばしま不動産』の前を通過した時に、叶はビルの近くに見覚えのある車が停まっているのを見逃さなかった。

「あの車、まさか」

 顔を曇らせつつ、叶はバンデン・プラをパーキングメーターのレーンに入れて運転席を出た。周囲を確認しながら、ビルへ歩を進める。そのままビルの前を通り過ぎ、先程見かけた車へ近づいた。その車、漆黒のアルファロメオ・スパイダーの運転席で背もたれを倒して居眠りしている男こそ、フリーライターの西条誠である。叶は傾きかけた陽光を眩しそうに見上げてから、西条がアイマスク代わりにかけているサングラスを外した。途端に、西条が顔をしかめて目を覚ました。

「何すんだよ眩しいじゃねぇか、ってともちん?」

 迷惑行為をとがめようとした西条が、相手が叶だと知って跳ね起きた。

「こんな所に車停めて寝てると、丸ごとレッカーされるぞハイエナ」

 サングラスを陽光に透かしながら叶が言うと、西条は寝乱れたジャケットを直してからサングラスを奪い返した。

「余計なお世話だ、これでも仕事中なの」

「仕事? とてもそうは見えないぜ。誰がどう見てもタダの暇人だ」

「うるっせぇな、おれには己のやり方があんだよ。そう言うともちんこそ、こんな所に何の用だよ?」

「オマエに言う必要は無いな」

 にべも無く返す叶に、西条が口を尖らせる。

「そうかよ、ともかく己の邪魔はしてくれるなよな」

「そりゃこっちの台詞せりふだ」

 吐き捨てると、叶は西条を一瞥いちべつしてアルファロメオから離れた。後ろで西条が何やら呼びかけていたが無視した。そのままビルの正面に回ろうとして、玄関口から出て来た人影を見て慌てて身を隠した。

 打ち揃ってビルから出て来たのは、一時間程前に叶に蹴散けちらされて退散した四人組のチンピラだった。

「わざわざやとい主にご報告か、律儀なスーパー戦隊だ」

 呆れ顔で独りごちると、叶は四人組の後をつけ、

彼等が路上駐車してあったアルファードに乗り込んだのを確認すると小走りにバンデン・プラに戻ってエンジンをかけた。数秒後にアルファードが走り出し、その後ろからバンデン・プラが追走した。

 二十分程走って、アルファードは路地裏ろじうらの雑居ビルの駐車場に入った。叶はバンデン・プラを先へ進めて路上駐車し、雑居ビルへ戻って駐車場の様子をうかがった。アルファードから降りた四人は、エレベーターに乗り込んで上階へ向かった。叶はエレベーターに走り寄って、ゴンドラが五階で停止したのを確認し、階段を見つけて駆け上った。

 五階へ着く手前で速度をゆるめ、足音を忍ばせて五階へ上がった。フロアをのぞき込むと、奥に灰色の金属扉が見えた。中央に『江藤総業』と書かれたプレートが貼ってある。名前の左側に家紋の様なシンボルが描かれているのを見た叶が、眉を上げて呟いた。

「なるほど、反社会的勢力ね」

 これ以上の追及はかえっていのりの身を危うくすると思った叶は、物音を立てない様に気を使いながら階段を降りた。

 ビルを出てバンデン・プラに戻った叶に、後ろから声がかかった。

「駄目だよそんな所に路駐しちゃ〜」

 驚いて振り返った叶の視線の先に、サングラスをかけて微笑む西条の姿があった。叶は周辺を見回してから西条に歩み寄った。

「オマエ、何でここに居る!?」

「いや、何かともちんが急に変な動きするからさ、面白そうだな〜って思って、ついて来ちゃった」

 笑顔を貼りつかせたまま言う西条に、叶は天を仰いでかぶりを振った。

「オマエ、自分の仕事はどうしたんだよ? オレを尾行してる暇があったらサッサと戻れよ」

 小声ながらも強い口調で叶が言うと、西条は鼻を鳴らして返した。

「そうは行くかよ、そのビルに入った連中、『椛島不動産』から出て来たんだろ? だったら関係大ありだ」

 西条の抗弁を聞いた叶が、思わず笑みをこぼした。

「何がおかしいんだよ?」

 不審を感じた西条が訊くと、今度は叶が笑顔を貼りつかせて返した。

「語るに落ちたなハイエナ。オレはオマエの目的なんてひとつも聞いてないぜ」

「あ」

 己の失策に気づいて狼狽うろたえる西条に、叶が顔を近づけて告げた。

「ここじゃ何だから、場所変えて話そうか」


《続く》

 

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