ブラッド・ライン #5

 その後、叶はあやしまれない程度に大学周辺をうろつきながら、いのりが出て来るのを待った。電車通学を読んでバンデン・プラを使わなかった事が結果的に裏目に出た。一日の内に同じ店に何度も入る訳にも行かず、周辺のコンビニを何軒もハシゴする羽目におちいった。

 大学から離れた場所にあるレストランで遅めの昼食ちゅうしょくを摂り、再び大学の正門近くに戻った叶の視界に、待ちに待ったシルエットが入った。ホッとしつつ、叶は物陰ものかげに身を隠してスマートフォンを取り出した。

「十五時四十八分、大学を出る」

 叶の前を歩くいのりの足はやや速めで、叶も距離を保つのに若干苦労した。尾行しながら、叶はいのりの周囲に不審ふしんな人物が居ないか注意したが、特定はできなかった。

 いのりは駅前の家電量販店かでんりょうはんてんへ向かい、正面ではなく裏の通用口から中に入った。叶は通用口の前を通り過ぎてから、スマートフォンに向けて小声でしゃべった。

「十六時三分、アルバイト先に入る」

 叶は建物を半周して正面入口に出て、来店客の流れに乗って店内に足を踏み入れた。平日の夕方にも関わらず、中では大勢の客がうごめいていた。叶は人波を掻き分けてエスカレーターに乗り、七階まで上がった。このフロアはテナントとして扱われているらしく、ブランド物のアパレルショップや雑貨店等がのきつらねていた。叶は踊り場の脇に貼られたフロアマップを頼りに通路を進み、CDショップをのぞいた。その直後に店の奥からショップのロゴが入った胸当てエプロンを掛けたいのりが、同僚に挨拶あいさつしながら出て来た。レジカウンターに入り、それまで業務に就いていた男性店員と交代する。叶はレジを気にしながら店内を見て回り、時折試聴機しちょうきで音楽を聴いたりして過ごした。だがあまり長居する訳にも行かないので、別のレジで音楽雑誌を買い求めて店を出た。

 建物を出た叶は、通用口が良く見える位置にあるファストフード店に入り、軽食を摂りつつ監視かんしした。

 先程購入した雑誌を広げながらも、叶の思考は通学時のいのりの行動にとらわれていた。

 駅のホームに上がる時には階段を使ったのに、降りる時はわざわざエレベーターに乗ったのは何故なぜか? ホームに立った時のみょうな警戒も気になる。

 やがて、叶の頭に『落下らっか』の二文字が浮かんだ。

 ホームで周囲を気にするのは、以前にそこで危険な目にったからだろうし、階段を降りる時にも同様の危険がある。つまり、程度の差はあれどいのりは何者かに殺されかけている。

 己の出した仮説かせつに、叶は寒気さむけを覚えた。

「考え過ぎか?」

 眉間みけんしわを寄せて呟くと、叶は雑誌を閉じてチーズバーガーをかじった。たまたまマスタードが多めに付いていたらしく、鼻から頭へ刺激が突き抜けた。


「二十二時十一分、アルバイト終了」

 量販店の通用口から出て駅へ向かういのりを追って、叶は歩き出した。いのりは自動改札をくぐるとやはり階段を上ってホームへ向かった。叶はいのりに並びかける勢いで階段を駆け上がった。ここでまた何か起こらないとは限らない。

 叶に数秒遅れていのりがホームに辿たどり着いた時、タイミング良く電車が到着した。叶はいのりの動きを横目で見つつ先に乗り込み、様子をうかがった。いのりは空いている座席に腰を下ろすと、うつむいて溜息を吐いた。アルバイトの疲労か、それとも命の危険を一時的にも回避できた事への安堵感か。

 自宅の最寄り駅に着き、腰を上げたいのりに続いて叶は電車を降りた。ここでもいのりはエレベーターを使って改札階へ向かう。叶はまた小走りに階段を駆け降り、エレベーターの前を通って先に改札をくぐり、券売機の方からいのりの姿を探した。エレベーターに同乗した他の乗客と共に改札を通ったいのりは、一度周辺を見回してから自宅を目指した。

後ろを歩く叶の目にも、いのりの足取りが軽くなっているのが判る。

 自宅マンションまで十数メートルに近づき、叶が尾行を止めようと歩速をゆるめた時、後ろから一台の原付バイクが明らかな制限速度オーバーで叶を追い越した。ライダーの頭部はフルフェイスのヘルメットでおおわれている。胸騒むなさわぎを覚えた叶が原付を追って駆け出す。軽快なエンジン音をひびかせて、原付は迷う事無くいのりへ突進した。叶は速度を上げながらいのりに向かって叫んだ。

「危ない!」


《続く》


 

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