薔薇の証明 #14
劉の口から飛び出した言葉に、叶も新田も驚きを隠せなかった。
囮捜査とは、捜査担当者及びその関係者が身分を
「しかし、何だってまた岩瀬警視長はそんな事を?」
当然の疑問を、新田が口にした。劉は辛そうに
「岩瀬は、あの頃から
「功を焦ったのか、まぁキャリアってのは上へ行けば行くほど座る椅子が減るからな」
新田が言った『キャリア』とは、大学を卒業して国家公務員上級試験に合格し、警察庁に入庁した警察
「岩瀬は、本部のマル暴所属の刑事が使ってた元売人を囮に仕立てさせて、おれが潜っていた組の売人に接触させた。だがその後がまずかった」
言葉を切った劉が再び咳き込む。その様子をバックミラーで見た叶が心配顔で呼びかける。
「オイ、大丈夫か? キツかったら喋んなくていいぞ」
「馬鹿言え! こっからが肝心なんだろうが!」
途端に新田が声を荒らげて反論する。劉は口の端の血を拭うと、ミラー越しに叶と目を合わせてひとつ頷き、話を続けた。
「当初の段取りじゃ、囮と売人が離れた所で県警の連中が売人をパクる筈だったが、いつからマークしてたのか、マトリが現場を押さえやがった」
「あちゃー、とんだ
「更にまずい事に、岩瀬はその囮におれの存在を教えてやがった。マトリに捕まった時におれの事をチラつかせたらしく、すぐに岩瀬の所に問い合わせが行ったそうだ」
言い終えた劉は、苦しそうな表情で顔を背けた。
「それじゃ、何年もかけた潜入が水の泡じゃないか、どうしたんだそれで?」
新田は
「岩瀬はおれの事を隠す代わりに、取引の日時をマトリに流す約束をしちまった。
それまで前のめりで話を聞いていた新田が、急に身体を引いたかと思うと上着のポケットをまさぐった。だが煙草を切らしているのを思い出すと
「おい叶、コンビニ寄ってくれないか?」
「断る」
叶はにべも無く返し、バックミラーで劉の様子を
「もうちょっとだ、頑張れよ」
視線を前方に向けたまま励ます叶の隣で、新田が改めて尋ねた。
「で、取引当日は?」
劉は少し身じろぎし、大きく息を吐いてから答えた。
「岩瀬との打ち合わせでは、おれ達が取引を終えて現場を離れてからそれぞれを県警の連中が包囲する段取りだった。だがそこでも、取引の真っ最中にマトリが入って来た」
「抜け駆けってのはそれか」
反応したのは叶だった。一昨日劉がトイレで喋った言葉を思い出したのだ。劉は叶を見て頷く。
「しかもマトリは潜入がおれだとは知らない訳だから、容赦無くおれもパクろうとした。おれは必死で逃げたよ、その時点じゃまだ岩瀬を信じてたからな。おれは何とかマトリの追跡から逃れて岩瀬に助けを求めた。だが岩瀬はおれからの電話に一切出なかった。奴はおれを切り捨てたんだ!」
興奮し過ぎた所為か、また劉が口を押さえて咳き込んだ。その手の
「中野さん!」
「劉!」
叶と新田が同時に呼びかけた。劉は己の足元に
「オイ、しっかりしろ!もうちょっとで桜ちゃんに会えるぞ!」
半ば喚き散らしながら、叶はアクセルペダルを踏み込んだ。片や新田は助手席の背もたれを掴んで首を伸ばし、尚も劉に問いかけた。
「そんなお前が何で今回も岩瀬に情報を流したんだ?」
劉は咳を堪えて血まみれの口を腕で拭くと、憎悪丸出しの顔で答えた。
「今回の取引日時はガセだ。今夜あいつをあの倉庫におびき出して、武器弾薬もろとも吹っ飛ばずつもりだった」
「なるほど、それで五虎も神山組も居なかったのか」
「おれは香港に逃げた後も、
「だから、せめてもの
叶の言葉を聞いて、劉の顔がやや
「彼女は、本当に花が好きだった。おれや桜の誕生日には必ず誕生月の花をアレンジメントにして贈ってくれた。彼女のおかげで、花言葉も沢山覚えたよ、もう殆ど忘れちまったがな」
「今でも覚えてる数少ない花言葉が『ごめんなさい』かよ?」
叶は思わず肩越しに振り返っていた。劉は叶の
「それも必死に記憶から
「そんな事ねぇよ、オイ中野さん、見なよ」
叶が
「アンタの娘だ」
《続く》
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