薔薇の証明 #12

 追いすがる叶が止める間も無く、新田は通用口の扉を開けて中に身体を滑り込ませた。叶も舌打ちしつつ後に続く。

 四千平方メートル程の敷地のほぼ中央に、運び込まれた三つの木箱が無造作に置かれていた。高い天井からのとぼしい照明の下で、劉がバールを用いて木箱のひとつをこじ開けていた。

「何してる、劉?」

 叶の前で新田が歩み寄りながら声をかけると、劉は驚いて顔を上げた。怪訝そうに新田を見た後、叶の姿を認めて言った。

「お前は、あの時の探偵」

「退院の許可取ったのか? 中野さん」

 叶が敢えて中野と呼びかけると、劉はバールを放して右手を背中側に回し、腰に挟んでいたオートマチック式拳銃を抜き、両手でホールドしてふたりに突きつけた。

「来るな! そのまま回れ右をして出て行け」

 劉の構えを見た新田が数度頷く。

流暢りゅうちょうな日本語だ、確かにお前は日本人らしいな。それにその構え、キチンと訓練を受けた構え方だ。お前やっぱり中野将人か」

「そんな事はどうでもいい! とにかく邪魔しないでくれ、頼む」

 声を荒らげつつ要求する劉に、叶が訊く。

「アンタの狙いは何なんだ? オレは別にアンタの邪魔をしたい訳じゃない、桜ちゃんにひと目会って欲しいだけなんだ。このデカはどうだか知らんが」

 新田が刑事だと知り、劉は顔を強張こわばらせて拳銃を握り直した。

「刑事が居る前で言えるか、それに桜なんて知らない、人違いだ」

「言わなくていいぜ、どうせパクって吐かせるからな」

 新田が更に近づきながら言うと、叶が後ろから突っ込んだ。

「アンタ今日休暇だろ?」

「細かい事は気にすんな」

 肩越しに振り返って微笑む新田に、劉の怒号どごうが浴びせられた。

「止まれ! 止まらんと撃つぞ」

 新田は足こそ止めたが、笑みは崩さずに言い返した。

「おいおい、そりゃデカの台詞せりふだろ」

「うるさい!」

 倉庫内に轟音ごうおんが響き、新田の足元で銃弾が跳ねた。思わず足を引く新田に、叶が駆け寄る。

「オイ、挑発しすぎだ」

 新田は舌打ちで答え、少し後ずさった。劉は木箱から離れ、銃口を木箱に向け直してふたりに告げた。

「この中には多くの銃器、弾薬、爆弾が詰め込まれてる。撃てばどうなるか判るな?」

 叶は新田の前に立って劉に尋ねる。

「アンタ、そんなにこの取引を成功させたいのか? アンタはもう潜入じゃないのか? だったらどうしてこの取引の情報をサツに流した?」

「だからお前には――」

 反駁しようとした劉が突然口ごもったかと思うと、口を押さえて激しく咳き込み出した。その刹那せつな、叶と新田は同時に走り出していた。ふたりの接近に気づいた劉が拳銃を向け直すが、叶の左フックを手首に受けて取り落とし、直後に新田の胴タックルで地面に転がされた。新田はそのまま柔道の袈裟けさ固めの要領で劉を押さえ込んだ。

「確保ぉ!」

 勝ち誇った様な雄叫おたけびを上げる新田のかたわらで、叶が肩をすくめた。

「何が確保だ、ワッパも持ってねぇ癖に」

「それがどうした、とにかく来てもらうぜ」

「そうは行かん」

 通用口の方から聞こえた声が、ふたりに水を差した。叶が振り返ると、見覚えのある三人組がこちらに向かって来ていた。

「オマエ等、昨夜の!」

 叶の言葉に反応した新田が顔を上げた。

「あ? お前を襲ったって言う警察官か?」

 三人組のひとりが、叶を見据えて言った。

「手を引けと言ったはずだ探偵!」

「オマエ等こいつの何なんだ?」

 叶の問いに、別の男が特殊警棒を出しながら返した。

「言う必要は無い」

「ケッ、問答無用かよ。新田さん、そいつ離すなよ」

 叶は新田に言い捨てると、三人組の方へ近づいた。すると、特殊警棒を持った男が先頭におどり出た。

「大人しくしろ!」

「オマエがな」

 呟くなり、叶が一気に踏み込んでいきなり右ストレートを男の顔面に叩き込んだ。男は鼻血を吹き出しながら後方に倒れた。

「貴様ァ」

 同僚を倒されて怒ったふたりが相次いで叶に襲いかかった。叶は前の男が伸ばして来た左手を右腕でパーリングして左ボディブローを入れ、くの字に身体を折った所へ左アッパーを突き上げた。その後ろから別の男が飛ばした右拳をウィービングでかわして顔面に左フック、更に右ストレートを返して沈黙させた。

 いつの間にか、劉をうつ伏せにして羽根折固めに取っていた新田が、感心した顔つきで言った。

「やるなぁ叶」

「昔ボクシングをちょっとね」

 振り返らずに答えると、叶は三人組のひとりの胸倉を掴んで無理矢理起こして詰問きつもんした。

「答えろ! オマエ等を操ってるのは誰だ!? 中野将人とはどういう関係だ?」

「や、めろ、お前に、は、か、関係、な」

 劉が押さえつけられながらも叶を止めようと声を発するが、血の混じった咳に言葉を阻害そがいされる。

「知らん」

 叶に睨みつけられながらも、男は余裕を装って白を切った。すると叶が何故か微笑しつつ訊いた。

「オマエさ、バッティングって知ってる?」

「何?」

 男が不思議そうな顔をした直後、叶の頭突きが男の鼻柱を強襲した。男の鼻の穴からたちまち鮮血が流れ落ちる。

「これがバッティングだ。オイ、素直に喋らねぇともう一発お見舞いするぜ」

 口角を吊り上げたまま叶が頭を振りかぶると、男がたまらず口走った。

「わ、判った! 言う、言うよ」

「や、め、ろぉ」

 苦悶くもんの表情での劉の抗議も空しく、男は白状した。


《続く》



 

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