薔薇の証明 #4

 叶のバンデン・プラが、東京南部にある国際空港の正面出入口前に停まった。

 花屋の店員の証言によれば、中野と連れ合いは中国語でコミュニケーションを取っていたらしい。と言う事は、連れ合いは日本語が喋れないと思われる。つまり、日本に滞在している中国人でない可能性が高い。もしも中野と一緒に来日したならば、移動にはタクシーを使った筈だ。いくら中野が日本人とはいえ、日本国内の公共交通機関に不慣れな連れ合いと共に電車やバスに乗る手間は避けたいだろう、と叶はんだ。

 車を降りた叶は、客待ちをしているタクシーの運転手に片っ端から聞き込みをかけた。警察の様に防犯カメラ等を見せてもらえない探偵としては、こういったアナログな手段に頼る他無かった。


 ある程度予想はしていたが、二時間が経っても目当ての運転手には全然当たらなかった。空腹を覚えた叶は、一旦バンデン・プラに戻ってその場を離れ、幹線かんせん道路沿いのハンバーガーショップに入り、店内で昼食を摂った。

 バンデン・プラをハンバーガーショップの駐車場に停めたまま、叶は空港へ徒歩とほで戻り、聞き込みを再開した。すると、六人目の明らかなベテラン運転手が中野の顔写真に反応した。

「あぁ、こんな感じの人、確かに乗せたよ。もうちょっと老けてた気がするけど。若い男とふたりで」

「それ、いつです?」

「五日くらい前だったな」

 来日してから墓参りまで、三、四日ほどのラグがある。いぶかりつつも、叶は質問を続けた。

「で、目的地は?」

「えっと、ホテル、何だっけ?」

 頭をひねり出した運転手に軽く苛立ちを覚えながらも、叶はねばり強く待った。たっぷり五分以上うなり声を上げながら記憶を辿っていた運転手が、大きく目を見開いた。

「あ、思い出した。『ホテルサンセットヒルズ』だ」

 叶も大きく目を見開いて息を吐くと、「サンキュー」と告げて一万円札を渡し、ハンバーガーショップへ駆け戻った。一度店内へ入ってアイスコーヒーをテイクアウトし、バンデン・プラに戻って『ホテルサンセットヒルズ』の所在地を検索しつつエンジンをかけた。


 一時間程走って、叶は『ホテルサンセットヒルズ』の近くに辿たどり着いた。付近のコインパーキングにバンデン・プラを停めると、ホテルの正面玄関に立つベルボーイを捕まえて中野の顔写真を見せてみたが、良い返事は貰えなかった。礼を言って中に入り、誰かを探しているていでフロントに近づいた。

「あの〜こちらに中野将人って人、まってませんか? 四時にここで待ち合わせてるんですけど」

 咄嗟に腕時計を見ながらデタラメをまくし立てると、対応した黒ぶち眼鏡のいかにも真面目まじめそうなフロントマンは目の前の端末を操作して宿泊者名簿しゅくはくしゃめいぼを調べ始めた。

「いえ、なかのまさと、という方は宿泊されておりませんが」

 想定済みの返答だった。叶はわざとらしく動揺して見せて、スマートフォンを取り出しながら言った。

「え〜? おかしいなぁ確かにこのホテルに泊まってるって聞いたんだけど、ああ時に、この顔に見覚えありません?」

 どさくさに紛れて中野の顔写真を見せるが、フロントマンは首を傾げた。隣に立つ女性も写真を覗き込み、同じ様に首を傾げる。

「似てる様な気もするんですけど、その方は中国からいらしたそうですから」

「中国?」

 当たりだ。やはり中野は偽名ぎめいを使ってこのホテルに入っていた。叶は数度頷くと、フロントマンに暫く待たせてもらうと断ってロビーのソファに腰を下ろした。

 フロントに背を向けて座る叶の正面にはラウンジがあり、そこそこの人数が入っていた。その脇に上下階へ続くエスカレーターが設置されていて、エレベーターは更に奥だった。行き交う人の姿はそれほど多くは無い。

 さり気なく周囲を観察した叶が、ふと違和感を覚えた。

 エスカレーターの側の柵にもたれかかって、何をするでもなくたたずんでいるスーツ姿の男と、叶の対角線上のソファに座り、スポーツ新聞を広げているジャンパーとカーゴパンツという出で立ちの男が、妙に周りを気にしている様に見える。

 叶はわざと左右を見回してから立ち上がり、フロントにトイレの位置を訊ねた。指し示された方向へ歩きながら、ジャンパーの男を横目で観察すると、左耳にイヤホンが入っているのが見えた。コードを耳の上にかけて、首に添わせて垂らしている。

 トイレに入って用を足すふりをして、二分程経って戻る時に、エスカレーターの方へ回ってスーツの男も観察した。やはり耳にイヤホンを入れている。

 何気ない風を装ってソファに戻った叶だが、その顔はやや強張こわばっていた。

 ふたりは間違いなく警察官だ。日常の風景に溶け込もうとしてはいるが、警察嫌いの叶には彼等のかもし出す匂いの様なものが嫌でも感じ取れた。耳のイヤホンがそれを裏付けている。

 このふたりがマークしているのは誰か? 対象が中野と連れの中国人なら、叶の仕事は一気に難易度なんいどが増す。

 叶はふたりの警察官にも注意を払いながら、中野が姿を見せるのを待った。だがフロントに告げた待ち合わせ時刻の四時を過ぎても、それらしき人物は現れない。さすがにこれ以上ここに留まるのは不自然だと思い、叶はスマートフォンを取り出して電話をかけるふりをしながら外へ出た。コインパーキングに戻ってバンデン・プラに乗り込み、改めてスマートフォンのアドレス帳を開き、『レストラン&バー WINDY』を選択して電話をかけた。

『はい、WINDYです』

 応対したのはウェイトレスだった。叶は店主の風間荘助かざまそうすけに替わって欲しい旨を告げた。数秒後に、風間が電話に出た。

『叶か、今度は何だ?』

「あ、ふうさん、どうも。実は、あっ」

 用件を言いかけた叶の視界に、よれた灰色のスーツを着て、白髪の目立つ髪を後ろにゆるでつけた中年男性が見えた。確かに写真よりやつれているが、中野に間違い無かった。その隣には白いジャケットの下に黒いTシャツを着て、ブルージーンズをいた若い男がくっついている。恐らくこの男が、花屋で聞いた連れ合いだろう。

「すみません風さん、あの、後で店行きますから、じゃっ!」

 風間が何か言いかけたのを無視して電話を切り、叶は車を降りた。すぐにふたりを追いかけようとしたが、何かを思い出した様に足を止めて物陰に身を潜めた。

 暫くして、ホテルに居た警察官の内のスーツを着た方が歩いて来た。叶は警察官が充分離れてからコインパーキングを出て、追跡を開始した。


《続く》


 




 

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